日本の共働き子育てはなぜこんなにもしんどいのか。『こんな世の中に誰がした?』が話題の社会学者・上野千鶴子さんと『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』を上梓した雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんの対談をお届けしよう――。

企業から第3号被保険者制度の廃止論が出てきたことに仰天

【海老原】働く女性に関する問題は、国の政策によって生まれた側面もあると思います。たとえば、近年は第3号被保険者制度や配偶者特別控除の廃止が議論され始めていますが、これについてはどうお考えでしょうか。

【上野】仰天しています。第3号被保険者制度は1985年、配偶者特別控除は1987年度に創設されたもので、女性運動は当時から「女性を就業から遠ざける制度だ、これを主婦優遇策などというのは間違いだ」と指摘してきました。あれから40年近くたってようやく、政治の場で廃止が議論され始めました。それも女性の声が届いたからではなく、経済界からの要請で。そこに驚きと憤りを感じています。

社会学者 上野千鶴子さん(撮影=市来朋久)
社会学者 上野千鶴子さん(撮影=市来朋久)

【海老原】僕は、以前は第3号被保険者制度を社会状況の中の必要悪として評価していました。女性が子育てで職務ブランクを負い、そのせいで正社員にもなれずまともな給与ももらえない時代でしたから、社会はその代償を支払うべきだと考えていたんです。しかし、現在では企業が女性社員を手放さなくなり、出産・育児後の就労継続も容易になってきました。ですから、今は「この制度の存在意義はなくなった」と判断しています。

【上野】社会状況が変わったからということですね。今回の廃止論は経済界のためであって女性のためではありません。最低賃金が上がったから主婦パートが年収の壁対策で就労調整をする、そうすると時間数が減って、労働力不足になるから優遇策をやめよと言っているわけです。ふざけていると思いませんか。

国が合理性のある理由で動くとは思えない

【海老原】同感ですが、廃止議論が起きている理由としてはもうひとつ、社会保険料の問題もあるでしょう。主婦層の将来受け取る年金額を増やすという前向きな意図とともに、財源を支える人を増やしたいという狙いもある。だから適用を拡大したい。つまり、現在の廃止議論は社会保険の財源安定と企業側の労働者確保、この2つに背中を押された面も強いと考えています。

【上野】日本の税制と社会保障制度は世帯単位ですからね。それだって、社会政策学者たちは40年ぐらい前から個人単位制にすべきだと提言してきました。東日本大震災の時も、コロナ対策特別定額給付金の時も、世帯主(ほとんどが男性です)に給付が一括支給されるのはおかしいと指摘されてきました。なのにびくとも動かない状態で今日まできて、夫婦別姓さえ実現されていない。私はこの国が、海老原さんがおっしゃる2つの理由、つまり人手不足と経済合理性で動くとは思えないのです。

【海老原】そこは国も企業と同じで、合理性ではなく背に腹を代えられなくなると動くんじゃないでしょうか。今はまさにそうした状況で、女性に働いてもらわないと困るから廃止の方向に向けて動き始めたと。戦後に形づくられた「男性の勤労者と専業主婦」という家族システムの中では、働かなくて済む専業主婦は女性の特権でもありましたが、それではもう国も企業もやっていけなくなっています。