戦略的に休む

生け花の世界に触れることで、いかに自分自身を追いこみすぎて、余裕のない働き方をしていたかを理解できたAさん。

それからは自分の状態を把握し、戦略的に休息を取ることで、徐々にレッドゾーンからグリーンゾーンへと意識的にシフトできるようになったそうです。

具体的には、Aさんはまず深呼吸などを通して自分の中に心理的・時間的な余白をつくっていくことを実践したそうです。以下は、Aさん自身の言葉です。

「モーレツに働いていた時は、隙間時間があればあれもやろう、これもやろうと詰めこんでいました。とにかく忙殺されていたし、どんどん仕事を頼まれるので、いつのまにか忙しくするのが普通になっていて。けれども今は、隙間時間を使って仕事以外のことにエネルギーを向けたり、無の時間をつくったり、ただ座ってしばらく考えてみたり……、今までの自分には考えられないような時間の使い方ができるようになりました。このような自分を見つめ直す時間は本当に必要だし、判断や意思決定にも影響がでます。忙殺された中での判断と、自分の中にスペースがある中での判断とでは変わってくるし、後者のほうが前に進む確率が高いかなと思います」

Aさんは自分の中に余白をつくることで「常にいいところにいられる自分」になれたとも話しています。そして、回復の時間を取るとパフォーマンスが持続すると気づいてからは、モチベーションを感じられるようになり、仕事がどんどん楽しくなっていったそうです。

さらに、それを部下にも勧めてチーム全体として実践してみたところ、チームの連帯感が高まり、エネルギーが高まっていきました。

窓から見るビジネスマン
写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです

自分と向き合い、自分を認める

以前は「イノベーションキラー」と言われるほど部下の提案をむげに却下してきたAさんでしたが、部下との関係性も変わったそうです。

チームのメンバーと対話する際、相手の背景と意図とに意識を向けることで、その人が単なる思いつきで言っているわけじゃないことが見えてきたり、逆に短絡的に判断している部分も見えてきたりしたそうです。そこでさらに問いかけたり、フィードバックすることを心がけたりした結果、コミュニケーションが円滑に進むようになったと話していました。

また、Aさんにとって大きなよりどころとなったのは、共にワークショップに参加した仲間たちでした。ワークショップに参加する中で自分自身と向き合い、自分に対して嫌悪感があったというAさんでしたが、参加者それぞれの「できないこと」や「ダメだったこと」をお互いに共有していく中で、自分だけじゃないと思えたからこそ、自分に対して嫌悪感を持たなくなったそうです。

かつて「完全に疲れきったサラリーマン」だったAさん。今、彼の目はキラキラと輝き、見違えるほど若返っています。

構成=佐々智佳子

ジェレミー・ハンター(Jeremy Hunter)
クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール准教授

クレアモント大学院大学のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者。東京を拠点とするTransform LLC.の共同創設者・パートナー。「自分をマネジメントできなければ人をマネジメントすることなどできない」というドラッカーの思想をベースに、リーダーたちが人間性を保ちながら自分自身を発展させるプログラム「エグゼクティブ・マインド」「プラクティス・オブ・セルフマネジメント」を開発し、自ら指導にあたっている。「人生が変わる授業」ともいわれるこのプログラムは、多くの日本の企業幹部も受講している。バージニア大学大学院でも講座を持つ。教育機関以外においても、政府機関、企業、NPOなどでリーダーシップ教育を行っている。シカゴ大学博士課程修了。ハーバード大学ケネディースクール修士。日本人の相撲取りの曽祖父を持つ。