「性行為は楽しくない」と書いた松平定信だが子孫は繁栄

一方の松平定信だが、本人の申告によれば、性欲に乏しく、性行為自体に興味がなかった――らしい。曰く。「房事なども子孫ふやさんとおもへばこそ行ふ。かならずその情慾にたへがたきなどの事はおぼえ侍らず。そのうへ平日これぞうれしきこれぞたのしきとおもふ事はなし」(かなり意訳すると「性行為は子孫繁栄のためだけに行っている。性欲が高まって抑えきれないということもないし、快楽を覚えたこともない」)と述懐している。

【図表】徳川宗家と松平定信の子孫たち
筆者作成

従兄弟の家治もそっち方面では淡泊で、跡継ぎが生まれると側室のもとにパタッと通わなくなったというから、これは遺伝なのかもしれない。

不承不承だったのか、性行為に励んだおかげで、松平定信は2男6女に恵まれた。あの真田家に養子に行った次男・真田幸貫ゆきつらは外様大名ながら父の威名で老中に登用され、孫の板倉勝静かつきよ諏訪忠誠すわただまさ、内藤信思のぶことも老中。松平近説ちかよし土岐頼之ときよりゆきは若年寄と、まぁそろって出世しているのだ。

この人が祖父・吉宗くらいとは言わないまでも、せめて従兄弟の一橋徳川治済くらいの謀略家だったら、将軍になれたのかもしれないが、子孫が幕閣で栄達しているのを見るにつけ、かえって将軍にならなかった方がよかったのかもしれない。

菊地 浩之(きくち・ひろゆき)
経営史学者・系図研究者

1963年北海道生まれ。國學院大學経済学部を卒業後、ソフトウェア会社に入社。勤務の傍ら、論文・著作を発表。専門は企業集団、企業系列の研究。2005~06年、明治学院大学経済学部非常勤講師を兼務。06年、國學院大學博士(経済学)号を取得。著書に『企業集団の形成と解体』(日本経済評論社)、『日本の地方財閥30家』(平凡社新書)、『最新版 日本の15大財閥』『織田家臣団の系図』『豊臣家臣団の系図』『徳川家臣団の系図』(角川新書)、『三菱グループの研究』(洋泉社歴史新書)など多数。