絶望的な高さを表現する工夫、共感の回路を閉じない宣言

「経験したことのないあなたにはわからない」と言いたい自分の気持ちを否定するのではなく、「経験してみたら想像以上にたいへんでとても混乱している」などのように、相手が超えられないハードルの設定にならないよう気をつけながら、その絶望的な高さを表現するよう工夫してみませんか。そのほうが、「わかる」をめぐる断絶を避けつつ誰かに苦しさを分け持ってもらえる可能性は高まります。

他人から「経験したことのないあなたにはわからない」と言われたらどうしたらよいでしょうか。私なら「そうかもしれませんね」と返答しておきます。相手が「わかる」のハードルを高く設定したい気持ちを尊重しつつ、共感の回路をこちらからは閉じないよ、と宣言しておく。あとは相手にゆだねて気長に待つ、くらいでよいのではないでしょうか。

抜け出すための考え方

「わかる」のハードルは上下するからこそ、ハードルを下げてほしくないと思う側は「経験したことがないあなたにはわからない」といった極端な発言をしてしまいます。その極端さが悪循環を生むことを理解し、お互いの経験の違いが共感の回路を遮断しないよう、開いておくべきでしょう。

もっと知りたい関連用語

【インターセクショナリティ】
アメリカの弁護士、キンバリー・クレンショーが1989年に論文の中で提示した言葉で、交差性とも訳されます。(おもに)女性差別が黒人差別や同性愛差別など、さまざまな差別と相互依存的に成立していることを指す言葉で、女性がそれぞれに置かれた立場の違いを超えて互いの抑圧を解消していくことを目指すためのスローガン的役割を果たしています。「わかる」が女性を経験で分断しないよう、「わかって」おくべき苦しさやつらさをより精密に、総体的に描くための発想を提示したものとも言えるでしょう。

もっと深まる参考文献

パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ著、下地ローレンス吉孝監訳、小原理乃訳、2021『インターセクショナリティ』人文書院

森山 至貴(もりやま・のりたか)
早稲田大学文学学術院准教授

1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』『10代から知っておきたい 女性を閉じこめる「ずるい言葉」』。(プロフィール写真:島崎信一)