不動産の世界で起業 子どものための定期預金が夢つなぐ
順調な会社員人生を捨て、自ら起業しようと思ったのは、やはり子どものことだった。
「営業は売れている間はいいけど、年を取ればそんなに売れなくなるだろうし、そうなったら会社って面倒見てくれない。子どもを育てているのに、ポイッと捨てられたらたまらない。自分の食い扶持を、ちゃんと自分で確保できるようにしないと」
この時、恵子さんは39歳。2016年2月、「めぐみ不動産コンサルティング」をオープンした。宅地建物取引士の免許を持つ女性社員を雇い、2人でスタートした。起業するからには、勝算はあったのか。
「やっぱりそれなりに売れていたし、営業成績は悪い方ではありませんでした。いい不動産の仲間がたくさんいて、『こんなの、あるよ』と何かと仕事をつないでくれて」
仲間からいい物件があると紹介され、恵子さんにはこの家にピッタリなお客がいる。物件を買って売れば利益になることがわかっていても、融資を受けなければ無理な話だ。
「前の会社で付き合いのあった銀行マンが遊びに来て、この物件の話をしたら、上に聞いてみますと、融資が下りたんです。不動産業って、起業してすぐって融資が出ないんです。運がいいというか、オープン2カ月で2000万の融資が下り、その物件は利益が大きかったので助かりました」
この奇跡的な融資を可能にしたのは、恵子さんがシングルマザーになった時から、子どものためにとコツコツと積み立ててきた定期預金のおかげだった。
「下の子が4歳、大学費用が400万かかるとして、それを14年間で貯めるには月々幾らかを計算して、5000円の定期預金にする。こんな小さな定期積立の証書が、上の子の分含めて10枚ぐらいありました。その信用があったんですね。この人なら完済するだろうと」
定期預金を分けていたのは、何かあったときでも全ての貯金を崩すことがなくてよいという考えからだったが、それが功を奏したのだ。
シングルマザーの貧困を知り、自らできることを探す
この金銭に関する、見事なまでの計画性はどこから来るのだろう。恵子さんのふわっと柔らかで、天然っぽい雰囲気からはとても想像できない。堅実で、一度決めたことはきっちり貫き通す胆力に、同じシングルマザーとして、穴にも入りたい気持ちだ。
「最初の年はすごく売り上げが良くて、割ととんとん拍子に行きました。半年で3000万、売り上げましたから」
税金に持っていかれるぐらいなら、やってみたいことがあった。それが全ての始まりとなる、シングルマザーのシェアハウスだ。きっかけは会社員時代に、子ども食堂のニュースを見たことだった。
「まさか、まともに食べられない子どもがいるなんて……」
子どもの貧困は、親の貧困だ。2人に1人のシングルマザーが貧困にあえいでいるのが、この国の紛れもない実態だ。シングルマザーの貧困がここまで進んでいることに、衝撃を受けた。自分は歯を食いしばって貧困に捕まえられないよう、必死で頑張ってきた。だけど、多くのシングルマザーの子どもたちは食事を取ることができないほど苦しんでいることを知った。
「はっと、気がついた。世の中がこんなになっていることに、何とも言えない気持ちになりました。最初、子ども食堂をやって社会貢献をしたいと思ったんですが、今、私がそれをやると、うちの子たち、食べていけない」
恵子さんの心に、「社会貢献」という意識が芽生えたのはこの時だ。
「私ができることって何だろう。不動産業という私の仕事と、この業界の中での大きな課題である空き家。だったら……」
“恵子さんマジック”が、ここから始まる。(後編に続く)
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。