視野に入ってきたノーベル賞

ペロブスカイト太陽電池のような独創的な研究であればあるほど、他の研究者はその原点となる論文を引用する。その結果、ひとつのテーマや研究の裾野は広がっていくわけだが、ペロブスカイト太陽電池に関しては、その発火点となったのは宮坂さんの論文「ペロブスカイトを可視光の増感に用いる太陽電池」だった。

この論文は、2017年、アメリカのクラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞を受賞。2022年にはイギリスのランク財団からペロブスカイト太陽電池の開発者として、小島さん他5名とともにランク賞を受賞した。これらの国際的な評価からすると、ノーベル賞も十分視野に入ってきたと見る人は少なくない。

ノーベル化学賞候補の有力候補と言われる宮坂さん。
撮影=牛山善太
ノーベル化学賞候補の有力候補と言われる宮坂さん。

宮坂さんがいま希求するのは、ペロブスカイト太陽電池の一刻も早い普及だ。日本政府や企業の取り組みの遅れを宮坂さんは、なんとか取り戻そうと奮闘する。積極的に取材を受けるのも、ペロブスカイト太陽電池の名前を広めて、普及させたいという一念からだ。

太陽電池の特徴を一般に紹介する本『大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話』も出版した。

「まず、みなさんにペロブスカイトのよさを知ってもらう、感じてもらいたい。この先1年は、いま中国でつくっているモジュールをみなさんにお試しで使ってもらって、ペロブスカイト電池に何ができるかを体感してもらう。ベランダで、アウトドアで、曲げたり貼り付けたりして使ってもらって、利便性を知ってもらうと同時に知名度を上げていく。それをやっているうちに、より高い性能の国産のペロブスカイト太陽電池をつくって、商品化していければ、と思っています」

横浜の小さな研究室から始まった研究は、16年を経て、結実しつつある。あとは、日本がどれだけこの日本発の研究をサポートしていけるかにかかっている。

世界はすでに、大きく動き出している。

一志 治夫(いっし・はるお)
ノンフィクション作家

1956年長野県松本市生まれ。東京都三鷹市育ち。講談社「現代」記者などを経て、ノンフィクション作家に。『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞(新潮文庫収録)。主な著書に、『失われゆく鮨をもとめて』(新潮社)、『たったひとりのワールドカップ 三浦知良1700の闘い』(幻冬舎文庫)、『魂の森を行け 3000万本の木を植えた男』(新潮文庫)、『幸福な食堂車 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」』『美酒復権 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦』(ともにプレジデント社)など多数。

宮坂 力(みやさか・つとむ)
桐蔭横浜大学特任教授

1953年神奈川県生まれ。76年早稲田大学理工学部応用科学科卒業。81年東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了(工学博士)。富士フイルム入社。同社足柄研究所主任研究員を経て、2001年より桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授。17年より桐蔭横浜大学 医用工学 部特任教授。東京大学先端科学技術研究センター・フェロー。20~23年早稲田大学 先進理工学研究科・客員教授。著書に『大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話』(さくら舎)など。