※本稿は、和田秀樹『ぼけの壁』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
認知症より怖い“老人性うつ”
「年をとっても、認知症にだけはなりたくない」と思っている人が多いことでしょう。
しかし、私のような精神科医の目からみると、晩年、認知症以上に不幸なことがあります。「老人性うつ」を患うことです。
私は晩年、うつ病になって、「何もしない暗い老人」として一生を終えるのが、人生最大級の悲劇だと思います。私自身、老人性うつにだけはなりたくないと思います。
晩年の日々を楽しく、穏やかに過ごせるかどうかは、うつを防げるかどうかにかかっているといっても、過言ではありません。
体のケアはむろん大事ですが、心のケアも忘れないようにしたいものです。心の不調を感じたときは、ためらうことなく医者に行くことをおすすめします。
「うつ病は心の風邪」という言い回しがありますが、うつ病は決して風邪ではありません。この言葉は、「うつ病は、風邪をひくくらい、なりやすく、誰もが発症する病気」という意味で使われますが、それ以外の点では、うつ病と風邪には大きな違いがあるのです。
いちばん大きな違いは、うつ病が「自殺」という死にいたる病であることです。私はむしろ、「うつ病は心のがん」といったほうが正しいと思います。
欧米では、自殺者が出ると、周辺の人々から生前の様子を聞く「心理学的剖検」が広く行われています。その検証作業によると、自殺者の50~80%が「うつ病」だったと診断されているのです。
日本の人口の10%近くにうつ症状
では、今の日本に、うつ病の人は、どれくらいいるのでしょうか?
厚生労働省の患者調査によると、約120万人ですが、これはあくまで医者にかかっている人の数です。実数は、そんなものではないでしょう。
国際的に、うつ病の有病率は3~5%とされていますので、この数字を日本の人口に当てはめると、患者数は400~600万人くらいという計算になります。
そのほか、うつ病とまではいえなくても、抑うつ気分の人まで含めると、私を含めた多くの専門家が、人口の10%近くにのぼっているとみています。
そのうち、65歳以上の「老人性うつ」の人数も、正確な数字はわからないのですが、現在、人口の約30%が高齢者であり、高齢者のうつ病発症率が若い人よりも高いことを考え合わせると、全患者の3分の1以上が高齢者であることは、ほぼ確実でしょう。
とりわけ、老人性うつは、自殺を招きやすいので、要注意です。
世界的にみて、うつ病患者の自殺率は、高齢になるほど、上がっていきます。