「困っている事業者を助けたい」から始まった

2020年、新型コロナウイルスの世界的大流行直後に、ジェノバ市内の公共交通機関を運営する「AMT」から、「感染対策としてバスや地下鉄の乗車人数を絞りたい。所定の制限人数に達した時、利用者に『もうこれ以上乗ってはいけない』と伝えられる仕組みを作れないか」と打診されたのだという。政府が「乗車率上限は6割まで」と要請しても、それへの対処方法がなかったからだ。

市内はクルーズ船の発着のほか、地下鉄やバス、ケーブルカー、登山電車などさまざまな交通機関がある
市内には地下鉄やバス、ケーブルカーなどさまざまな交通機関がある。公共エレベータで高台に向かうにも運賃がいる(筆者撮影)

つまり当初はハンズフリー乗車を目的としていたわけではなく、「乗車人数が上限に達したら乗客のスマホに警告を送る仕組み」が求められていたのだ。

日立としては「困っている事業者(AMT)を助けたい」という思いが強かったという。しかも、コロナ禍で交通機関を利用する市民は激減しており、AMT側の費用負担が少なくてすむのが望ましいとの考えもあった。

思い返せば、イタリアは2020年初頭、欧州で最も早くコロナの感染が広がった国だった。欧州各地が厳しいロックダウンを敷く中、ジェノバ市当局には「厳しい行動制限を導入せずに、デジタル技術でソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保しながら経済を動かしたい」考えがあったようだ。

新規事業を「たった1週間」で提案

まったく新しい事業を立ち上げる場合、通常なら現地調査や開発に一定の期間を要するが、感染対策を急ぎたいAMTの担当者からは「1週間で何らかの解決案がほしい」という難しいリクエストが舞い込んできた。

コストを抑え、かつ大きな設備投資をせずに作り上げるにはどうしたらいいのか――。

駅やバス停に取り付けられている小型の発信機(ビーコン)。CCTVカメラの下にある小さな箱から発信している
CCTVカメラの下にある小さな箱が発信機(ビーコン)。乗り物の車内のほか、駅やバス停に取り付けられている(筆者撮影)

そこで採用されたアイデアが「駅やバス停に小型の発信機(ビーコン)を7000個以上設置し、そこからブルートゥースの信号を飛ばす」「利用者のスマホが信号を受けたら、乗車記録が作動する」というものだった。これの実用化にめどがついたことから、日立は一連の事業の総称を「360パス」とする一方、ローカライズしたジェノバだけのシステム名を「GoGoGe(ゴーゴージェ)」と名付けた。

ちなみにジェノバの交通機関の陣容はというと、地下鉄1路線をはじめ、バス停2500カ所をつないで走るバスが663台あるほか、ケーブルカーに登山電車、さらに運賃を払って高低差のある街を移動する「有料エレベーター」なるものまであり、ある意味ユニークな乗り物が目白押しの街なのだ。

その上、ジェノバは地中海の良港として古くから知られ、大型クルーズ船が頻繁に入港する。「わずか数時間しか滞在しない数千人に、駅などで切符を買わせて乗り物に乗せるのは実際のところ無理(日立担当者)」という特殊事情もあった。