うつは肺炎や糖尿病と変わらない

精神医学だけではなく、生理学的な見地からもうつを考えるうちに気づいた点がある。生物学上、うつは肺炎や糖尿病と何ら変わらない。肺炎も糖尿病もうつも、その人の性格に問題があるせいではない。だから、うつの人に「しっかりしろ」と声をかけるのは、肺炎や糖尿病の人に「しっかりしろ」とはっぱをかけるくらい馬鹿げている。病院で肺炎や糖尿病の治療を受けるのと同じで、うつも治療を受けるべき状態なのだ。

アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)

うつの生物学的な仕組み、そしてなぜうつが引き起こされるのかを学んだからといって、すぐに治るわけではない。だが、そこからスタートするのは悪くない。自分の脳や精神状態が免疫学的なプロセスに左右されるという知識をもつことで、私自身もライフスタイル関連のアドバイスを真剣に受け止めるようになった。

当然あなたも「運動はしたほうがいいし、しっかり睡眠を取って、予測不可能なストレスや長期的なストレスは減らしたほうがいい」というのはわかっているだろう。しかし「なぜ」そうしたほうがいいのかという生物学的な理屈を学ぶことで、運動、睡眠、適度なストレス、そして回復というアドバイスが深い意味を帯びるようになる。そういった要因が炎症にブレーキをかけること、脳が「攻撃されている」と誤解するようなシグナルをそれ以上送らないようにすることを学べば、それに適した生活をするようになるだろう。

脳の“病気”というより“正常な反応”

だからと言って、炎症に抗う方法なら何でも──例えば特定の食事療法など──がうつに効くというわけではない。残念ながらそんなに単純な話ではないのだ。

起きている間ずっと予測不可能なストレスを受け続ける職業もある。そんな労働環境がなぜうつにつながるのか、それも理解できるようになる。

無気力になり引きこもりたくなるのは病気ではなく、健全な反応なのだ。つまり一番良いのは労働環境を変えること。もちろん言うは易しだが、ここでポイントになるのは、異常な環境に対する異常な反応は脳の病気というよりむしろ正常な反応だということだ。

アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)
精神科医

ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。