※本稿は、アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
なぜ「炎症」が起こるのか
精神的になるべく元気でいるためには、免疫系とうつの関係を知っておいたほうがいい。その理由を理解するために、混同されがちな2つの概念──「感染」と「炎症」──を見ておこう。
「感染」とは身体が感染性物質、つまり細菌やウイルスに冒されている状態だ。一方「炎症」というのは物理的に圧迫されたり、怪我をしたり、毒や細菌、ウイルスによる攻撃など、あらゆる刺激に対して身体が返す答えだ。つまり炎症は感染によっても起きるが、別の要因によっても起きる。
腕を掻いて皮膚が赤くなるのも炎症だ。パンをカットする際に手が滑って指を切ったら、それも炎症。あなたの膵臓から腹部に消化酵素が漏れ出して命が危うくなるのも炎症の一種だ。
身体のどこが炎症を起こしているにしても、次のようなことが起きる。組織が損傷したり、圧迫、細菌、ウイルスによって影響を受けた細胞は、サイトカインという形で緊急シグナルを発する。その部分への血流を増やして、白血球に侵略者を倒させるためだ。血流が増えるとその部分が腫れて、神経を圧迫するので痛みが生じる。
炎症は人間を守ってきた
炎症は多くの病気において中心的な要素なので、なるべく起きてほしくないと思うだろう。しかしそれは大きな間違いで、私たちは炎症なくしては生きられない。とはいえ、良いことも度がすぎると良くないのは世の常だ。炎症が長期間続くと問題が生じてしまう。心筋梗塞や脳卒中、リューマチ、糖尿病、パーキンソン病、アルツハイマー型認知症などは長く続いた炎症が主な原因になる病気のほんの一部だ。
長期的、つまり慢性的な炎症は様々な深刻な病気を引き起こす。それでは、なぜ私たちにはそんなに大きな弱味があるのかという問いが芽生える。身体のあちこちで病気を引き起こすリスクを抱えるなんて、進化がどこかでうっかり間違えたのだろうか。
いや、そうではない。炎症は祖先が子供の頃に命を奪う恐れのあったものから私たちを守ってきた。例えば死に至る細菌やウイルスへの感染だ。一方で、慢性的な炎症からくる病気というのは基本的に人生のあとのほうで生じる。進化の秤にかけると、歴史的にほとんどの人が到達しなかった年齢になってから生じる病気よりも、細菌やウイルスから命を守ることのほうが重いのだ。