何をしてもしなくても怒りを買ってしまう現代日本社会
アンガーマネジメントや宗教・倫理教育などの利点と欠点(限界)について解説してきました。ここで強調してきたのは、感情のメカニズムと、それに応じた上手な対応をしないと、外的・内的エスカレーションを引き起こし、逆にイライラしやすい体質になってしまうということです。
『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』では、より効果的、かつ実行可能な「個人の対処法」を提案していくのですが、その前にもう1つだけ、確認しておかなければならないことがあります。これまでは、人間や感情の根源的な部分からの考察を進めてきましたが、私たち現代人の怒りについては、まだ十分に触れていないのです。現代人の怒りの強度や成り立ちをきちんと把握しないと正しい対処方針や攻めどころ(努力の向けどころ)を見つけることはできません。
最近、どうも日本人が不寛容、つまりイライラしているような気がします。他者の少しのミスを許せない。ネットでは、それぞれが軽い気持ちで吐き出した怒りが、数の力でうねりとなり、対象になった人を社会からだけではなく、本当に抹殺しかねない状態です。
路上での煽り運転などの増加も目立ちます。一方で、お笑いなどの「いじり」、タレントや政治家などの本人的には他意のない発言などにも、いわゆる「失言」として強い拒否感を持つ方も増えてきました。何をしてもしなくても、誰かの怒りに触れてしまいそう……。そんな時代のように思えます。
私は、この不寛容のトレンドは、文明化の一過程だと思っています。物質文明が豊かになり、他者と協力しないでも、一人で生きていけるようになりつつある。一人で気ままのほうが楽ですから、どうしても、他者と交わる場面における耐性が育ちにくいのです。
「多様性」を認める社会が怒りを生む理由
さらに、昨今は「多様性」を強調するようになりました。これは文化的には前進だと思いますが、常に原始人を基準にものを考える私には、少し違う側面が見えます。
原始人は、異質を嫌います。攻撃される危険が高まるからです。多様性を認めるということは、自分の周囲にどうしても異質な人が増える。理性では「当然良いこと、あるべき変化」と認識できる多様化に対し、心の奥底で警戒心を高めてしまう部分がある。それが人間です。
多様化が進む段階で、人は知らず知らず不寛容に傾いているのだと思うのです。
ただ、人には「慣れる」という機能があります。無意識が感じる多様化への抵抗も、10年単位でゆるんでいくと楽観はしています。
MR(メンタル・レスキュー)協会理事長、同シニアインストラクター。1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学卒業後、陸上自衛隊入隊。1996年より陸上自衛隊初の心理教官として多くのカウンセリングを手がける。自衛隊の衛生隊員(医師、看護師、救急救命士等)やレンジャー隊員等に、メンタルケア、自殺予防、コンバットストレス(惨事ストレス)コントロールについての指導、教育を行なう。2015年に退官し、現在は講演や研修、著作活動を通して独自のカウンセリング技術の普及に努めている。著書に『寛容力のコツ』(三笠書房《知的生きかた文庫》)、『自衛隊メンタル教官が教える 心の疲れをとる技術』(朝日新書)、『「気にしすぎて疲れる」がなくなる本』(清流出版)など多数。