セクハラか判断がつかず、対応に困るケース

他の働く女性たちの話に入る前に、自分の話をもう少しだけ語っておきたい。政治記者としての自分のセクハラ経験で忘れがたいケースはもう一つある。政治部記者になって2年目の1991年、宮澤喜一氏、渡辺美智雄氏、三塚博氏の3人が争った自民党総裁選で、朝回り取材をしていた時のことだ。ある中堅議員の議員宿舎の部屋には総裁選の陣営情報を得ようと、毎朝、数人の記者が集まっていた。

この議員は、記者たちの健康を気遣い、「朝は味噌汁ぐらい飲まないといけないぞ」と言って、カップ味噌汁を大量に買い込み、一人ずつお湯を注いでふるまってくれる優しい人だった。

ある朝たまたま、他の記者が現れず、一対一の取材になった。いつものように台所で味噌汁を飲みながら話をしていると、「睡眠時間も足りていないんだろう。少し寝なさい」と言って、隣の和室に行って押し入れから布団を出し、畳の上に敷き始めた。私は遠慮して早々に帰ってきた。議員は高齢で、優しい人だったのと、朝という時間帯もあって、あれはセクハラなのかどうか私は混乱し、すぐに先輩記者に相談した。

先輩記者は「バカだなあ、疲れていてもそんなところで寝ちゃあダメだよ、当たり前じゃないか。あのオヤジ~。帰ってきてよかったよ」と笑っていた。後から思うと、明らかなセクハラのケースだが、私もまだ若く、記者としても未熟で、何よりも高齢で優しかった議員とセクハラが結びつかなかったため、「それではお言葉に甘えて少し仮眠を取らせていただきます」と危うく寝てしまいかねないところだった。

「個室での一対一の取材」はアウトなのか

これもまた別のある大物議員との間で1990年代後半にあった話だが、込み入った取材のため、電話ではなく面会のアポイント(約束)を取ろうとしたところ、「資料を渡してきちんと話したいから滞在中のホテルの自室まで来てくれないか。部屋でゆっくり話そう」と言われた。信頼している議員だったので、かなり迷った。

男性の先輩記者に相談したら「絶対にやめておけ」と言う。その先輩記者は「仮に何も起きなかったとしても、ホテルの部屋に入るところを誰かに見られたら、言い訳ができない。完全にアウトだ」と理由まで丁寧にアドバイスしてくれた。確かにその通りだと思い、「部屋には行けません」と断ると、議員は「それじゃあ、部屋のあるフロアの廊下まで来てくれないか」と食い下がったが、これも断った。結局、相手は不承不承、ホテルの地下のレストランまで降りてきてくれて、無事に取材ができた。

その後も議員と記者として、緊張感と信頼のバランスを保った関係が維持されたので良かったが、仮に部屋に来るようゴリ押しされたり、先輩のアドバイスが異なったものだったりしたら、とその後も時々、考えることがあった。何ごともなかったかもしれないが、セクハラ被害にあい悲惨なことになっていたかもしれない。未だにあれはセクハラの意図があったのかどうかわからないでいる。

佐藤 千矢子(さとう・ちやこ)
毎日新聞社 論説委員

1965年生まれ、愛知県出身。名古屋大学文学部卒業。毎日新聞社に入社し、長野支局、政治部、大阪社会部、外信部を経て、2001年10月から3年半、ワシントン特派員。米国では、米同時多発テロ後のアフガニスタン紛争、イラク戦争、米大統領選を取材した。政治部副部長、編集委員を経て、2013年から論説委員として安全保障法制などを担当。2017年に全国紙で女性として初めて政治部長に就いた。その後、大阪本社編集局次長、論説副委員長、東京本社編集編成局総務を経て、現在、論説委員。