さらに意識しているのは「伝える相手によって使う言語を変える」ということ。プロジェクトが立ち上がった際、コンセプトから完成イメージまで、各者に等しく伝え、共有することは最重要事項です。

ただクライアントに説明するのと、塗装の職人と打ち合わせるのとでは、使う言語はまったく違います。クライアントには、数字や別プロジェクトとの比較資料が役立つでしょうし、塗装の職人には材料や技術のディテールの話が必要になるでしょう。どんなテンションでどんな言語を選ぶと相手が納得するのか、やる気を出してもらえるのか。お互いにクオリティーの高い仕事をするために「相手に響く共通言語を選び抜く」ことも建築家の重要な仕事なのです。

松岡恭子さん

知りたいという欲求が相手の心の扉を開く

相手に響く共通言語を磨くために、「教えてもらう姿勢」をとても大切にしています。私は建築のみならず、土木の仕事にも携わっていますが、最初はずっと「建築の人間にはわからないでしょう」と異物扱いされてきました。

松岡さんの伝え方3カ条

専門用語も図面の描き方も勝手が違い、だからこそ心から教えてほしいと思いました。ていねいに相手の世界に入り込み、その視点で見渡すことを、何度も何度も繰り返す。するとようやく会話が始まり、相手の言語で話せるようになります。

私はコミュニケーションが決して得意な人間ではありません。でも「知る」ことに関しては誰よりも貪欲。本当に学びたい人間には、人は胸を開いてくれるものです。

建築という分野には、ある意味ゴールがありません。時代をそのまま写し取りつつ未来へつなぐのが建築で、脱炭素や資材の限界、職人不足など、現在の社会問題がそのまま課題になり、どんどん新しい命題が生まれているのです。

過去の知識のままでは通用しないこと、そして自分はまだまだ学べることをもっと自覚したい。そうして得た知識を、また専門分野のプロたちと「伝え合う」。その循環を大切にしたいと思っています。

伝え方賢者の愛用品

左/感謝の気持ちは手書きの文字でしたためて、お礼状を出すのが松岡さん流。ペリカンの万年筆を愛用。右/建築事務所と不動産会社、ふたつの会社を経営しているため、それぞれのロゴが入ったカードを用意。

伝え方賢者の愛用品

構成=本庄真穂 撮影=望月みちか

松岡 恭子(kyoko matsuoka)
建築家

1964年生まれ。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。集合住宅や商業施設ほか、橋梁、公園、道路など土木構造物もデザイン。建築設計事務所「スピングラス・アーキテクツ」代表取締役、総合不動産会社「大央」代表取締役社長を務める。