説明不足はパワハラである

人材育成に必要なのは、合理的な根拠をきちんと示すことです。たとえば、若手社員を大きなプロジェクトのメンバーに抜擢するとき、「このチームに入ってもらうから、よろしく!」だけでは、部下は自分に期待されている役割がわからず戸惑ってしまうかもしれません。

「今回のプロジェクトでは、先輩と一緒に顧客満足度のリサーチを任せたい。今まで担当したA社とB社の経験を生かしたデータ分析を期待しています。アシスタント的役割からステップアップするためにも、いい機会になるはず!」

こうした説明があれば、部下は自分の役割をしっかり把握し、目標を立てることができるでしょう。

なぜこの仕事を担当するのか、納期はいつか、目標とするゴールと達成までの道筋、求められる品質。これらをきちんと説明することは、上司の役割です。

合理的な根拠を挙げ、それをしっかり伝わるように説明し、必要があればサポートをする。根拠と説明、サポート、この3つがあれば、部下は期待感を持ちながら仕事に取り組むことができます。逆にどれか1つでも欠ければ、不安や不信が芽生える要因になり、パワハラに近づくということでもあります。

「何か困ったことがあったら言ってね」は上司失格

部下の様子を気にかけて、「何か困ったことがあったら言ってきてね」という声かけをしている上司も多いでしょう。しかし、若手社員のサポートにおいては、「何かあったら言ってきてね」だけでは不十分と言わざるを得ません。

特に、コロナ禍で出社率を下げている企業では、要注意。出社環境にあれば、ふとした雑談の際に質問をしたり、上司の手が空いていそうなタイミングを見計らって声をかけることもできるでしょう。しかしリモートでは、そうした機会が激減してしまいます。「このくらいのことで、電話やメールをするのは迷惑かもしれない」。こんなふうに考えて、小さな不安、困りごとを抱え込んでしまう若手がいたとしても責めることはできないでしょう。こうしてわからないことが積み重なると、負のスパイラルです。仕事が滞り、つらい気持ちが高まって、ついにはメンタル不調にまで発展してしまうこともありえます。

部下に「休みたい」「辞めたい」と言われて初めて、「相談してくれればよかったのに」「なぜ今まで言ってくれなかったの?」と驚く上司は、自分の怠慢を告白しているようなもの。彼らは相談してこない部下の問題だと思い込んでいますが、それは大きな間違いです。部下は「相談しなかった」のではなく、誰にどのように相談すればいいかすらわからないまま、あるいは相談を許されないような雰囲気の中、一人で悩みを深めていたことに気づかなければなりません。「相談不足」と部下に責任転嫁するのではなく、「説明不足」「サポート不足」がなかったかと自らを省みる姿勢を持つことが重要です。

そして、折に触れて若手に対してベテランと同じようなマネジメントをしていないか、放任になっていないかをチェックし、一人ひとりのスキル、経験にあったマネジメントを行っていくことを心がけてほしいと願います。

構成=浦上藍子

見波 利幸(みなみ・としゆき)
日本メンタルヘルス講師認定協会 代表理事

1961年生まれ。大学卒業後、外資系コンピューターメーカーなどを経て、98年に野村総合研究所に入社。主席研究員としてメンタルヘルスの研究調査、研修開発に携わり、日本のメンタルヘルス研修の草分けとして活躍。2015年より日本メンタルヘルス講師認定協会の代表理事に就任。20年かけて開発した2日間の「ヒューマンスキルを強化するマネジメント研修」は大企業を中心に絶大な支持を得ている。著書に『心が折れる職場』『上司が壊す職場』(以上、日経プレミアシリーズ)など多数。