貧困、それ自体が認知機能を低下させる
『Science』に発表された研究によると、貧困層と裕福層では、認知機能に大きな差があることがわかりました(貧困層のほうが認知パフォーマンスが低い)。さらに、農民の認知機能を作付けサイクルに沿って調査した結果、貧しい収穫前に認知機能が低下することがわかったのです(同じ農家でも収穫前にお金に余裕があるときには、収穫後に認知機能が下がる)。農民は収穫前に労働が増え、時間的余裕もなくなり、ストレスを感じるのですが、それ自体が認知能力の低下につながっているのではなく、むしろ、“貧困そのもの”が認知能力を低下させていることがこの研究から明らかにされました。
要するに、なぜ貧困層の人のほうが、持っていても意味のない封筒を返さなかったのかというと、貧困であることによって認知機能が低下し、適切な判断をし、行動をすることができなくなっているためと考えられます
同じ人でも立場が変われば向社会性も変わる
この実験データを解析するときに、貧困層と裕福層それぞれにおける、お金の必要度と供給度を調べてみると、当然ここには大きな差が見られます。このお金の需要と供給のバランスの影響を除いて、貧困層と裕福層の向社会性の程度を比較することができるのですが、それをすると、実は、人の心理として、裕福層にいる人でも貧困層にいる人でも、利己性は変わらなかったのです。
つまり、そもそもお金持ち、あるいは貧困の人は、利己的である、ということではなく、貧困、あるいはお金を持つというその環境が、認知機能の低下、あるいはステレオタイプによる人格変化をもたらし、利己的な振る舞いを生じさせるのです。
裕福な人と貧困層、両者の立場が入れ替わったら、同じ人であっても、向社会性は変わるのです。利他行動は、well-beingの重要な要因であることもわかっているため、思い込みを持つことが、人の人格・態度までも変えてしまうことを心に留めることで、どんな状況においても向社会性を持った行動ができるように心がけたいものです。
<参考文献>
・Almås I, Cappelen AW, Sørensen EØ, Tungodden B. Global evidence on the selfish rich inequality hypothesis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Jan 18;119(3):e2109690119.
・Piff PK, Stancato DM, Côté S, Mendoza-Denton R, Keltner D. Higher social class predicts increased unethical behavior. Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Mar 13;109(11):4086-91.
・Trautmann ST, van de Kuilen G, Zeckhauser RJ. Social Class and (Un)Ethical Behavior: A Framework, With Evidence From a Large Population Sample. Perspect Psychol Sci. 2013 Sep;8(5):487-97. doi: 10.1177/1745691613491272.
・Andreoni James, Nikos Nikiforakis and Jan Stoop. In press. "Higher socioeconomic status does not predict decreased prosocial behavior in a field experiment." Nature Communications
・Mani A, Mullainathan S, Shafir E, Zhao J. Poverty impedes cognitive function. Science. 2013 Aug 30;341(6149):976-80.
内閣府Moonshot研究目標9プロジェクトマネージャー(わたしたちの子育て―child care commons―を実現するための情報基盤技術構築)。内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる若手研究者育成支援事業T創発的研究支援)研究代表者。脳情報を利用した、子どもの非認知能力の育成法や親子のwell-being、大人の個別最適な学習法や行動変容法などについて研究を実施。