世界ではコロナ禍においても富裕層が増えています。しかし、これまでの研究ではお金持ちほど寄付をせず、高級車ほど強引な割込みが多いことがわかっています。なぜお金持ちのほうが利己的な傾向があるのか、脳科学が専門の細田千尋さん解説します――。
ドライバーの視点
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コロナ禍で富裕層が増えている

新型コロナの流行から約2年がたち、この間に実は、資産を倍増させた超富裕層が多くいることが最近の調査から明らかになっています(国際NGOオックスファム)。さらには、このコロナ禍で、26時間ごとに1人新たな億万長者が誕生しているとさえいうのです。

最近、米国科学アカデミーに発表された論文では、世界的傾向として、「裕福な人たちは、貧困層に比べて利己的な人だからお金持ちになった」と考えていることが示されています。

本当にお金持ちは利己的なのでしょうか。

アメリカでは、所得に占める慈善活動の割合は、富裕層よりも貧困層のほうが高いことは有名な事実です。また脱税率やご都合主義な行動も裕福な層の人に多いことがわかっています。

カリフォルニア大学バークレー校の心理学者ポール・ピフは、お金持ちは利己的であることを世界に示したさきがけ的存在です。

お金持ちほど寄付をしない

教育水準・所得・社会的地位が低くいわゆる貧困層といわれる人は、貧困に伴うさまざまな問題を抱えており、自己管理意識が低いと考えられていました。そこでピフは、このような社会的地位の低い人々が、所得や教育の高い人々よりも、利己的なのかどうかを調べました。その結果、低い階層の人々ほどパートナーにより多くのお金を手渡し、相互の信頼が高く、家族の総所得からできるだけ多くのお金を慈善活動に寄付すべきだと思っていることが明らかになりました。

さらにピフらは、社会的に高く評価される高級車に乗っている人ほど強引に他人の車の前に割り込む傾向があり、また道路を横断する歩行者が目に入っても、車を積極的に止めようとしないことを示しました。

お金が人格を変える

では、この「利己的なお金持ち」は、利己的だから、お金持ちになったのでしょうか。

ピフらは、実験参加者たちをペアにしてモノポリーというゲームをしてもらいました(モノポリーは、プレーヤーが、ボード上で、他プレーヤーと不動産を取引しながら、家やホテルを建設し、他のプレーヤーから徴収する家賃などから自らの資産を増やし、最終的に他のプレーヤーを破産させることを目的とします)。

モノポリー(ゲームボード)
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実験上、ゲームはあらかじめ、参加者の一方が、短時間で対戦相手よりもはるかに裕福になるような仕掛けがしてありました。その結果、富が増えていくと、次第にその参加者は、より尊大な姿勢や仕草を見せ始め、貧しい対戦相手に見下した態度で話し始めるようになります。また、平等に分け合うよう1つのボウルに盛られた食べ物を、裕福な参加者のほうが多く食べる様子も見られたのです。

つまりここで彼らは、お金を得ることで、人が利己的にふるまうようになってしまうことを示しています。

なぜ富を手にすると、人は横柄になるのか

なぜお金が増えると人格が変わるのでしょうか。おそらくここには、ステレオタイプ(偏見、思い込み)の影響があると考えられます。

冒頭で書いたように、世界的傾向として、「裕福な人たちは、貧困層に比べて利己的な人だからお金持ちになった」と考えていることが示されています(ただし、国によってその差はあり、アメリカ、オランダ、南ヨーロッパ、日本などは、そのような考えが比較的少なく、アフリカやインド、ロシアなどにこの考え方が強い)。

このような考えを持っている人が偏っている国では、その国の政策や経済発展にネガティブな影響を及ぼす可能性も示唆されているほどです。このようにお金持ちは利己的である、という強い思い込みがある人が、実際に富を手にすると、結果として、ステレオタイプにより利己的になることが考えられます。

誤配された現金を返送するか

ピフらがこのような数々の研究を発表して以来、多くの研究者がそのテーマについて研究を積み重ねてきました。その結果、真逆の結果を示している研究もあります。

例えば、オランダの研究チームは、中規模都市にある400軒以上の裕福な家庭と貧しい家庭にお金の入った透明の封筒を「誤配」するというフィールド実験をしました。この誤配に対して、封筒を返送するのは、誤配された人にとっては、面倒で負担となる行為です。ですが、本来受け取るべき人にとっては、とても利益になることなので、誤配されたものを、申告して元の人に届けるようにすることは、利他的な行動で、心理学の用語では「向社会的な」行動と言われます。

この実験では、このお金は、祖父から孫へのプレゼントであることが記載された手紙が同封されていて、すべての封筒に5ユーロか20ユーロが入っていました。送ったお金は、封筒を手にした人がすぐにお金(現金、あるいは、送金用紙)だとわかるようになっていました。その結果、裕福な人の約80パーセントが、封筒を返送した一方、裕福でない人は、約75パーセントの人が封筒を返送しなかったということが明らかになりました。

なぜ持っていても意味のない送金用紙を返却しないか

上述の実験で、ポイントとなるのは、誤送された封筒の中に入っていたものが、現金、あるいは、送金用紙であった、というところです。実は、富裕層では、どちらが入っていたにしても、約80%の人が封筒を返送しています(若干、現金のほうが返送率が低かった)。ところが、裕福でない人は、ある意味持っていてもそれだけでは全く価値がない送金用紙であっても約半数の人が返送しなかったのです。

封筒(祖父から孫宛ての現金か送金用用紙)を返送するか否かの選択をするとき、裕福な人と貧しい人が直面する明らかな違いは、後者のほうがお金を必要としていることです。貧しい人のほうが封筒を返送しない理由はここにあります。

ところが、持っていても何も得るものがない送金用紙であっても、貧しい人のほうが返送しなかったのはなぜでしょうか。

貧困、それ自体が認知機能を低下させる

『Science』に発表された研究によると、貧困層と裕福層では、認知機能に大きな差があることがわかりました(貧困層のほうが認知パフォーマンスが低い)。さらに、農民の認知機能を作付けサイクルに沿って調査した結果、貧しい収穫前に認知機能が低下することがわかったのです(同じ農家でも収穫前にお金に余裕があるときには、収穫後に認知機能が下がる)。農民は収穫前に労働が増え、時間的余裕もなくなり、ストレスを感じるのですが、それ自体が認知能力の低下につながっているのではなく、むしろ、“貧困そのもの”が認知能力を低下させていることがこの研究から明らかにされました。

要するに、なぜ貧困層の人のほうが、持っていても意味のない封筒を返さなかったのかというと、貧困であることによって認知機能が低下し、適切な判断をし、行動をすることができなくなっているためと考えられます

同じ人でも立場が変われば向社会性も変わる

この実験データを解析するときに、貧困層と裕福層それぞれにおける、お金の必要度と供給度を調べてみると、当然ここには大きな差が見られます。このお金の需要と供給のバランスの影響を除いて、貧困層と裕福層の向社会性の程度を比較することができるのですが、それをすると、実は、人の心理として、裕福層にいる人でも貧困層にいる人でも、利己性は変わらなかったのです。

つまり、そもそもお金持ち、あるいは貧困の人は、利己的である、ということではなく、貧困、あるいはお金を持つというその環境が、認知機能の低下、あるいはステレオタイプによる人格変化をもたらし、利己的な振る舞いを生じさせるのです。

裕福な人と貧困層、両者の立場が入れ替わったら、同じ人であっても、向社会性は変わるのです。利他行動は、well-beingの重要な要因であることもわかっているため、思い込みを持つことが、人の人格・態度までも変えてしまうことを心に留めることで、どんな状況においても向社会性を持った行動ができるように心がけたいものです。

<参考文献>
・Almås I, Cappelen AW, Sørensen EØ, Tungodden B. Global evidence on the selfish rich inequality hypothesis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Jan 18;119(3):e2109690119.
・Piff PK, Stancato DM, Côté S, Mendoza-Denton R, Keltner D. Higher social class predicts increased unethical behavior. Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Mar 13;109(11):4086-91.
・Trautmann ST, van de Kuilen G, Zeckhauser RJ. Social Class and (Un)Ethical Behavior: A Framework, With Evidence From a Large Population Sample. Perspect Psychol Sci. 2013 Sep;8(5):487-97. doi: 10.1177/1745691613491272.
・Andreoni James, Nikos Nikiforakis and Jan Stoop. In press. "Higher socioeconomic status does not predict decreased prosocial behavior in a field experiment." Nature Communications
・Mani A, Mullainathan S, Shafir E, Zhao J. Poverty impedes cognitive function. Science. 2013 Aug 30;341(6149):976-80.