ホテルから、オリパラ担当にヘッドハンティング
東京オリンピック・パラリンピックを控えた2018年。薄井さんは、それまで勤めていた高級ホテル、シャングリ・ラ東京から、日本コカ・コーラ社のオリンピック・パラリンピックホスピタリティー担当シニアマネジャーに転じる。
メイン業務は、会社が購入する観戦チケットの選定と発注。ここでも「基本を徹底的に」の精神が力を発揮する。元々スポーツにはあまり関心がなかったものの、すべての競技を勉強し、活躍しそうな日本人選手、試合進行の仕組みを一から学んで分析。熱中症の恐れがある時間帯の競技を外しつつバランスよくチケットを選んだ。
「『業界のなかで新米のおばちゃんが一番いいチケットを頼んだね』って言われて。私の誇り」と薄井さんは嬉しそうに話す。
準備万端でオリンピックを迎えるはず、だった。
新型コロナウイルスの世界的流行で状況は一変。2020年3月、オリンピックの延期が決まる。コカ・コーラ本社も2021年には海外から観客を送らないことを決定した。
コロナ禍で失業、スーパーのレジ打ちに
業務は縮小し、自宅待機の日々が続く。何も決まらない。人と会うこともほとんどなくなり、孤立感が募った。夏頃、急に心身に不調を来し始めた。
「『オリンピックには観客を呼ばないので、多分私の仕事はなくなる。戻ろうと思っている観光業界も、コロナで壊滅的。ほかに仕事がなければこのまま定年の年齢になってしまう、年金暮らしの65歳になるまで何もない』と頭の中では堂々巡り。暗い穴に落ちた感覚で、完全にうつ状態でした」
転職エージェントに相談しても、年齢を理由にやんわりと断られる。4年前には生き方の相違から夫と離婚していた。
1人でいるのはよくない。そこで始めたのが、休日を使ってのスーパーでのレジ打ちパートだった。「自分が行かないと誰かが困る」というルーティンを入れ、自らを正す。自身を救うための対策だった。