「しない系」の神髄

仮に経営者がそのような大きな覚悟ができる人物だったとしても、ホワイトマーケットが見つからなければ、100年の競争優位を築くことなど不可能に違いない。ホワイトマーケットを持たない企業は、コンペティターとの激しい競争を勝ち抜くために、それこそ社員を数字で追い込み、プレッシャーをかけ続けるしかない。

要するにワークマン方式は、ホワイトマーケットを持つワークマンにしかできない方式なのではあるまいか?

「それは、順番が逆なんです。先にホワイトマーケットがあったから大きなデシジョンができたのではなく、たっぷりと時間をかけさせてもらったからホワイトマーケットを発見することができたのです。実際私は、2012年にワークマンに入社してから2年間というもの、社員教育以外の仕事はまったくやりませんでした。何も仕事をせずにひたすら店舗を観察し、社員の話を聞いた。なぜそんな時間を持てたかといえば、土屋嘉雄会長(当時)に『何もしなくてもいい』と言われたからです(笑)。これがまさに、しない系の神髄なんですよ」

土屋専務は、たとえ大企業であっても部門単位ならば、ビジネスの軸をずらすことによってホワイトマーケットを発見することは可能だという。

常に競争のないホワイトマーケットでビジネスができれば、たしかに、社員は納期やノルマに追われることなく、納得のいく仕事ができるのかもしれない。しかし、ニワトリと卵ではないが、ホワイトマーケットを発見するためには、土屋専務がそうだったように、「納期やノルマ」に追われていない長い時間が必要になる。

そうした時間を思い切って社員に与えられるかどうかも、とどのつまりは、経営者の「覚悟」にかかっているのではないだろうか。

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター

1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。