全社員に影響のある大きな存在

玉置は現在、経理事務とTQCの事務局を担当している。しかし、それ以外にも重要な“存在意義”があると奥山は言う。ひとつはサンコーの語り部としての活動だ。オイルショックやバブル崩壊といった危機をサンコーがいかに乗り越えてきたかを、主に新入社員に向けてレクチャーする役割を担っている。そしてもうひとつの役割が……。

新入社員研修でサンコーインダストリーの歴史を語る玉置さん。
新入社員研修でサンコーインダストリーの歴史を語る玉置さん。(写真提供=サンコーインダストリー)

「サンコーは商社なんで、男性よりも圧倒的にコミュニケーション能力が高い女性に、なるべく長く働いてほしいんです。だから、産休育休だけやなしに、月に1回社食でスイーツデーを開いたりして女性の福利厚生に力を入れています。それでも、同期入社のひとりが結婚退職してしまうと、ばーっと女性社員がやめてしまうような現象がいまでもあるんで、そこに玉置がいてくれると、彼女の後を追っていこうという女性社員が現れてくる。玉置は、長く働きたい女性社員の心の支えになっているんです。僕は女性社員だけでなく、社員全員になるべく長く働いてほしいと願っているんですけどね」

なるほど、これが「社長が癒やしてくれる」ということかと、ちょっと涙が出そうになった。

総務部長の佐藤は、サンコーは玉置にとって「家族そのもの」ではないかと言う。なにしろ最高齢でありながら、いまだに会社の戸締りをして最後に帰宅するというのだ。奥山が言う。

「だから、若手が帰るときに高いところにある窓とか全部閉めて、玉置がスッと帰れるように配慮しているんです。いつまで働かせるつもりかって? 家族と同じやからね、家族の誰かがトシとったからって家から追い出しますか? 普通はせんでしょう」

玉置は、サンコーの机の上で死にたいと言っているそうだが……。

「まあ、人間、言うてもしゃあないことは、しゃあないですからね。泰子さんのこと、みんなはサンコーのお母さんって呼んでるけど、僕にとってはお婆ちゃんやからね」

いつまでも元気で働き続けてほしいという、奥山の気持ちがにじむ言葉だ。

サンコーインダストリーは極めて家族主義的でありながら、暑苦しさや息苦しさが感じられないのは、大げさに言えば、上から押し付けられた家父長制的な家族主義ではないからだろう。

玉置になぜ毎日戸締りをするのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「私の子や孫が安心して働けるように、私がしっかり鍵をかけて帰らんとね」

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター

1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。