「色眼鏡」ははずしてもらうほうがいい

ひとつだけ、この教師にとっての「何も言えなくなる」という不安が大げさなものでないことに説明がつけられる場合があります。この教師が、山本先生に関して考えたり発言したりするとき、常に山本先生の性別や見た目を判断材料にしている場合です。ともに働く教師の性別や見た目を気にしてばかりいるなんて、私からすると不自然だし、はっきり言って「気持ち悪い」のですが、まあそういう教師もいるのかもしれません。

森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)
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  もちろん実際は、この教師が山本先生の性別や見た目についてばかり気にしている、という極端なことは起こっていないでしょう。でも、ふだんから山本先生の教師としての能力を性別や見た目を通じて判断する「色眼鏡」をかけているから、それをはずすと自分の今までのものの見方を否定されている気がして、「何も言えない」なんて大げさなことを言い出すのかもしれません。

でも、色眼鏡ははずしてもらうほうがいいはずです。「なにも言えない」と言われたら、「性別や見た目について話題にできないだけでなにも言えないなんて、一緒に働いているのに山本先生のことを知らなさすぎではないですか?」と返しましょう。性別や見た目だけ気にしていると思われたくないなら、こちらにとって都合のよいかたちでとりつくろってくれるはずです。

ぬけ出すための考え方

失礼にあたる特定の話題を避けるだけで、その人についてなにも言えなくなるなんてことはありません。「ほかにも適切な話題はありますよね?」と誘導して失礼な話題を避けさせよう。

もっと知りたい関連用語
【ルッキズム(lookism=外見至上主義)】
顔や体の美しさや若々しさ、ファッションセンスなどが、恋愛や結婚にかぎらないさまざまな人間関係や、学校、職場などの公的な場面において強い影響を持ってしまうことを、ルッキズムと呼びます。ルッキズムは女性により当てはまる、つまり男性よりも女性のほうが見た目をより強く気にせざるをえない状況に置かれることが多い、ということを、多くのルッキズム研究が明らかにしています。
【間接差別】
ある特徴を持っている人の不利になる直接的な条件があるわけではないが、実際には、ある条件のせいで不利になってしまうことを指して、間接差別と呼びます。たとえば、教員を採用するとして、「男性も女性も見た目重視で選びます」となると、男性に比べて女性に対する見た目の要求水準は高いので、実際にはこの条件は女性に対して不利に働きます。これが間接差別の一例です。もちろん問題は、「見た目」という教師としての資質と関係ない(また切りはなされるべき)要素が採用の条件になってしまうことにあります。
森山 至貴(もりやま・のりたか)
早稲田大学文学学術院准教授

1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』。(プロフィール写真:島崎信一)