「やっぱり美人だと得だよね」という言葉は、なぜ問題なのでしょうか。社会学者の森山至貴さんが、こうした性別や見た目を本人の資質に直結させてしまうことの問題点を解説します——。

※本稿は、森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

外観によって判断される偏った見解
写真=iStock.com/hyejin kang
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生徒「山本先生って生徒たちから人気ですよね」
男性教師「女の先生だからね。やっぱり美人だと得だよね」
生徒「そういう言い方は山本先生に失礼だと思います」
男性教師「美人っていうのはほめ言葉なのに。そうやってあれもこれも言えないとなるともうなにも言えなくなる。息苦しい」

余計なお世話、迷惑です

じゃあ何も言わないでください、そのほうがみんなのためです、以上……で考察を終わらせるわけにはいかないので、なぜ「あれもこれも言えないとなると思うともう何も言えなくなる」という発言がよくないのか、検討してみましょう。

このシーンは山本先生という女性教師に関する男性教師と生徒の会話です。山本先生が生徒に人気なのは「女性だから」「美人だから」と表明する男性教師に対して、生徒は立派にも抗議しています。

たったいま「立派」と書いたのは、山本先生に対するこの男性教師の発言にはふたつの意味で問題があるからです。

まず、山本先生が生徒に人気であることの理由を、教師として必要な能力を習得したからではなく、教育とは関係のない「女性であること」「美人であること」に男性教師は求めています。生徒から人気がある、という教師としての長所を、山本先生は正当な努力をせずに手に入れた、と言っているわけですから、これは同僚について「努力不足」「ずるい」と言っているのと同じです(そういえばこの教師は山本先生に対して「得だ」と発言しています)。これはあまりにも不当です。

もうひとつの問題は、この不当な評価を生徒に聞かせてしまっていることです。残念ながら生徒は、性別や見た目で教師に評価をくだしてしまうことがあります(たとえば髪の毛を茶色く染めている先生は「不まじめ」だから「教師に向かない」とか)。でもこれらははっきり言って余計なお世話です。

そして教師は、生徒が教師に対して余計なお世話をしないように、そういったふみこんだ発言が失礼な行為にあたると教えなければいけないはずです。その立場にある教師が、あろうことか生徒よりも先にほかの教師を性別や見た目で判断していると表明しています。教師としてやってはいけないことをしている自覚が足りません。