入社2年で退職、夫の地元の北九州市へ

軽やかに話す郷田さんですが、ここにくるまでには紆余うよ曲折がありました。

郷田さんは東京生まれ東京育ち。新卒で入ったNTTデータではSE(システムエンジニア)として働いていましたが、職場結婚をして2年で退職。夫の地元・福岡県北九州市に移り住みます。

「SEは実際にシステムを作る仕事ですが、コンサルタントはその前段の『システムを作るべきかどうか』などの方向性を決める仕事。SEが転職してコンサルタントになることは多いんです。私もその道に転職しようと思ったのですが、そういった仕事のできるコンサルティング会社が北九州市にはありませんでした。それで福岡市にあるコンサルティング会社に入ったんですが、転職して3カ月後に初めての子どもを妊娠したんです」

25歳で妊娠が発覚。26歳で出産し、3カ月で職場に復帰しました。その後、4人目を出産するまで産休、育休、時短出勤を繰り返してきました。北九州市から福岡市まで車で1時間、電車で40分はかかります。そこで、15分で行き来できる新幹線を利用して通勤しました。

「厳しくはありましたが、仕事をきちんとしていれば評価される理解のある会社でした。家事に育児に仕事にと過酷でしたが、それでも頑張れたのは仕事がおもしろかったから。一人でお客さまの会社に放り込まれて、『ミッションはこれだから、あとは自分で考えてやりなさい』みたいな感じだったんです。必死に本を読んで、聞いて、考えて……。毎日がそんな感じで、成長実感がありました」

夫と家事育児を分担できない時、どうするか?

3人の子どもを育てながらコンサルタントとして会社勤めをしていた時期、夫婦間の役割分担は、どうしていたのでしょう? 質問したところ、郷田さんから返ってきたのは、「ふふふ」という笑い声。

「夫は、地域の経営者が集まる団体に入っていて、連日ほぼ深夜まで飲んで帰ってくるわけです。家事や育児に関してはあてにならなくて……。仕事には理解があって、『頑張りなよ』と言ってくれるのですが、家事育児の戦力としては期待できませんでした」

時間を捻出すべく、洗濯機は乾燥機付きのものにして、家事代行サービスも活用。働く女性向けの雑誌や本を読み込み、そこに書かれているように夫婦で話し合いの時間を持とうとも試みましたが、結果は実らず、家事育児の分担はあきらめることに。

「『夫が変わってくれない』場合、許せないから別れるか、それでもまわる体制を構築するか、二択だと思ったんです。夫は一緒にいて面白い人なので、前者の選択は今のところないと思ったので、まわる体制を構築しようと。義父や義母は頼りまくりましたね。車で20分ほどの所に住んでいるので、子どもの予防接種なんかも全部連れて行ってもらって。たまに私が子どもを病院に連れていくと、看護師さんに『あなたがお母さんだったんですね』と言われるぐらい」

3人目、4人目になると、郷田さんのほうにもある程度自分で回せるノウハウがついてきて、子どもの人数が増えてもなんとか日々がまわる状況ができてきました。