郷田郁子さんは現在、福岡県北九州市で4人のお子さんを育てながら、女性の起業支援などを行うコンサルティング会社の社長を務めています。東京から北九州市への移住、働きながらの4人の子どもの子育て、さらには起業。どのように家事や育児と仕事を両立させてきたのでしょうか――。

4人目の妊娠発覚、「軽い気持ちで」起業

郷田郁子さんが社長を務めるVIコンサルティングでは、現在、主に北九州市の女性起業家向けの起業塾や、自治体で働く女性職員のための研修の運営、子育て中の女性向けの再就職支援セミナーを行っています。

郷田郁子さん
郷田郁子さん 写真=本人提供

郷田さんが起業したのは2015年ですが、当初から今の業態を目指していたわけではありません。

「サラリーマンの娘なので、身近に起業した人がいない環境で育ちました。ですから起業というと、立派な人や気合の入った人がやるものだと思っていました。あとは、夜逃げや倒産といったドラマのイメージ(笑)」

ところが、新卒で入った会社で出会って結婚した夫が、入社1年で会社を辞めて起業。「もともと、夫の両親も夫婦で事業をやっていたし、夫の周りにも、外から見るといかにも気軽な感じで起業している人が多くて。『起業って特別なことではないんだな』と思ったんです」

その後、3人の子どもを出産、育児をしながらコンサルティング会社で働いていた郷田さんですが、4人目の妊娠が分かったタイミングで退職し、夫の会社に入社。それと同時に、「夫が経営する会社のコンサルティング部門を担当しようかな」くらいの軽い気持ちで起業を果たしました。

「起業してみると、『あなたは働きながら子育てをしているから、子育て中の働く女性向けの研修をやってみませんか?』『研修ができるんだったらセミナー講師として講演しませんか?』などいろいろとお声がけいただいて……」と、来た球を全部打ち返していたら、いつの間にか今の業態になっていたのです。

「私自身、あまり深く考えずに起業したので、起業に関する講座をやる時は、『最初から立派なビジョンや社会的意義を考えなくても、お客さんが喜んでくれたらいいんじゃない?』とお話するんです」

起業したい女性に向けたセミナーで講演をする郷田さん(右)。2018年10月、福岡県北九州市で
写真=本人提供
起業したい女性に向けたセミナーで講演をする郷田さん(右)。2018年10月、福岡県北九州市で

入社2年で退職、夫の地元の北九州市へ

軽やかに話す郷田さんですが、ここにくるまでには紆余うよ曲折がありました。

郷田さんは東京生まれ東京育ち。新卒で入ったNTTデータではSE(システムエンジニア)として働いていましたが、職場結婚をして2年で退職。夫の地元・福岡県北九州市に移り住みます。

「SEは実際にシステムを作る仕事ですが、コンサルタントはその前段の『システムを作るべきかどうか』などの方向性を決める仕事。SEが転職してコンサルタントになることは多いんです。私もその道に転職しようと思ったのですが、そういった仕事のできるコンサルティング会社が北九州市にはありませんでした。それで福岡市にあるコンサルティング会社に入ったんですが、転職して3カ月後に初めての子どもを妊娠したんです」

25歳で妊娠が発覚。26歳で出産し、3カ月で職場に復帰しました。その後、4人目を出産するまで産休、育休、時短出勤を繰り返してきました。北九州市から福岡市まで車で1時間、電車で40分はかかります。そこで、15分で行き来できる新幹線を利用して通勤しました。

「厳しくはありましたが、仕事をきちんとしていれば評価される理解のある会社でした。家事に育児に仕事にと過酷でしたが、それでも頑張れたのは仕事がおもしろかったから。一人でお客さまの会社に放り込まれて、『ミッションはこれだから、あとは自分で考えてやりなさい』みたいな感じだったんです。必死に本を読んで、聞いて、考えて……。毎日がそんな感じで、成長実感がありました」

夫と家事育児を分担できない時、どうするか?

3人の子どもを育てながらコンサルタントとして会社勤めをしていた時期、夫婦間の役割分担は、どうしていたのでしょう? 質問したところ、郷田さんから返ってきたのは、「ふふふ」という笑い声。

「夫は、地域の経営者が集まる団体に入っていて、連日ほぼ深夜まで飲んで帰ってくるわけです。家事や育児に関してはあてにならなくて……。仕事には理解があって、『頑張りなよ』と言ってくれるのですが、家事育児の戦力としては期待できませんでした」

時間を捻出すべく、洗濯機は乾燥機付きのものにして、家事代行サービスも活用。働く女性向けの雑誌や本を読み込み、そこに書かれているように夫婦で話し合いの時間を持とうとも試みましたが、結果は実らず、家事育児の分担はあきらめることに。

「『夫が変わってくれない』場合、許せないから別れるか、それでもまわる体制を構築するか、二択だと思ったんです。夫は一緒にいて面白い人なので、前者の選択は今のところないと思ったので、まわる体制を構築しようと。義父や義母は頼りまくりましたね。車で20分ほどの所に住んでいるので、子どもの予防接種なんかも全部連れて行ってもらって。たまに私が子どもを病院に連れていくと、看護師さんに『あなたがお母さんだったんですね』と言われるぐらい」

3人目、4人目になると、郷田さんのほうにもある程度自分で回せるノウハウがついてきて、子どもの人数が増えてもなんとか日々がまわる状況ができてきました。

孤独を癒やす特効薬は「共感」と「ほめ言葉」

あらゆる方策を駆使して、子どもの手がかかる時期を乗り切った郷田さん。しかし、家庭をひとりで回している気分に陥り、孤独を感じた時期もあったといいます。なかなか特効薬がない“孤独”を癒やしたのは何だったのでしょう?

「やっぱり、共感してくれる人が周りにいることが大きかったと思います。保育園の前に公園があって、そこで子どもたちを遊ばせているうちに、ほかのママたちと仲良くなりました。『こんなことがあったんだよ』『腹立つ~』みたいな話をするたび、『ひとりじゃない!』という気持ちになれました。『うちの子とお出かけするから、(郷田さんの子どもの)お姉ちゃんの方は一緒に公園に連れていくよ』なんて言ってくれるママ友もいて、下の子の手がかかるときは相当助かりましたね」

家事代行も大きな支えになりました。仕事の帰りに子どもたちを迎えに行き、ぐったり疲れて帰宅したときに家がピカピカになっているのは、「本当にほっとした」といいます。

「それから、家事代行に来てくださった方が、いつも『あなた、頑張ってますよ』とほめてくださって。その言葉には想定外に救われていました。だから今、街で小さな子どもを連れているお母さんを見ると、『よく頑張ってるねー』と駆け寄って抱きしめたくなっちゃいます(笑)」

暮らしやすい街・北九州市

北九州市という街も、孤独を癒やす温かさがあるようです。

「市外の方から見ると、北九州市って暗くて怖そうなイメージがあるかもしれません。元々工業地帯で、今は寂れているとか、成人式が荒れるとか。でも実際は全然そんなことはなくて、昔ながらの人間関係の温かさみたいなものが残っているんです。子どもを連れて市場で買い物をしていると、八百屋さんでヤクルトをもらって、自転車屋さんでもなかをもらって、いつの間にかおやつセットがそろっている、みたいな(笑)。地域コミュニティが機能しているんだなと感じます」

お話を聞くうちに、北九州の暗い、怖いといったイメージは、「暮らしやすい」というイメージに塗り替わっていきました。実は北九州市、2020年に実施された「住みたい田舎ベストランキング」の「子育て世代が住みたい田舎部門」で鳥取県鳥取市に次いで2位にランクイン(※)。さらに、NPO法人「エガリテ大手前」が実施している「次世代育成環境ランキング」では、9年連続政令指定都市第1位に選ばれている「子育てしやすい街」なのです。

「東京の友達は、子どもを2人連れて電車に乗ろうとすると、子どもと手をつなぐので両手がふさがるし、荷物もあるし、身動きが取れず大変だと言っていました。その点、北九州市は車社会なので、外出の帰りに子どもが寝てしまっても大丈夫。海も近くて、車で30分も走れば海水浴場ですし、会社の前でアジを釣っている人もいたりするほど。市内を走る高速道路も整備されていて、職住近接がかないます。実は暮らしやすい街ですよ」

会社勤めに飽きてしまった

周囲の人の助けと住みやすい環境も相まって、忙しい日々を駆け抜けることができた郷田さん。4人目の子どもの妊娠を機に起業を決意するわけですが、その時の心境はどんなものだったのでしょう?

「ちょうど上の子が小学校に入るタイミングでもあったので、何かあった時に家と職場が離れていると、ちょっと不安だなという思いがありました。それと、10年弱同じ会社にいたので環境も変えたいなと感じて。起業はそのオマケぐらいの感覚です」

もともと女性の働き方やキャリア形成には関心があったと言う郷田さん。ちょうど女性活躍が注目され出した時期で、さまざまな条件が重なり、起業後も順調にビジネスを成長させることができたのです。

*宝島社の月刊誌『田舎暮らしの本』2月号、「2020年版 第8回 住みたい田舎ベストランキング」