妻をサンドバッグにしてしまう夫

【村瀬】DV加害者のカウンセリングをしている友人に話を聞くと、妻がDVを訴えて2人で話し合っても、夫はその場では「わかった」と言いながら繰り返すケースが多いといいます。また妻が「離婚する」と言っても最初は本気にしない。引越しの準備をしたり、離婚手続きをしたりすると、初めて本気だとわかって危機感を持つといいます。

村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部)
村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部)

しかも、「離婚したくない」と言う夫が多いそうです。それは、妻のことを思いやり、関係を修復したいからというわけではなく、自分のアイデンティティを発揮する場がほかになくなってしまうから。妻を怒鳴ったりして支配的になることで、自分の精神のバランスをとっている。

【太田】妻が夫のサンドバッグのようになってしまうんですね。「妻は自分より下だ」と思うことで心の安定を保っている夫に「対等」を求めると、安定を奪われるのではないかと不安になり、ヒステリックになってしまう。

【村瀬】それから妻に対して暴力的になる夫の中には、自分自身が子どもの頃、親から暴力を振るわれていた人も多いそうです。

【太田】その男性自身も大切に扱われてこなかったということですね。自分の被害性から目を背けると、加害性に向き合えない。対等な関係性がどういうものかを知らない人が、対等な関係を自分で実践することは難しいものです。

【村瀬】家庭での両親との関係や、両親の夫婦関係などは、子どもの考え方や価値観に深く浸透していきます。学校で男女平等を教えることも大切ですが、それだけでは難しいというところでしょうね。

ジェンダーバイアスはあちこちに潜んでいる

【太田】私は以前は、パートナーとぶつかるのが苦手で、相手の要求に合わせようとしてばかりで消耗していました。でも、どんなに好きな相手でも、言うべきことは言えるようにしないと。

ぶつかる勇気を持てない女性が多いのは、育ってきた環境も影響しているように思います。例えば、意見をはっきり言う女の子は、「でしゃばり」「生意気」などとネガティブな評価をされやすい。そうした中にジェンダーバイアスが潜んでいるわけですが、そうすると女の子は、我慢して耐えるとかうまくかわす以外の方法を知らずに育ってしまいます。

大ヒットしている『鬼滅の刃』は、息子たちも好きで、私もアニメと漫画は見ました。時々ではあるものの「俺は長男なんだから」「男に生まれたなら、苦しみに耐えろ」などのセリフがそこに出てくる必要はあるのかなと思いました。大正時代の話だとは言っても、今もまだ知らず知らずのうちに「男だから」「女だから」という刷り込みがあることに、作り手はもう少し敏感であってもいいと思います。

【村瀬】性教育というのは、単に月経や射精、生殖について学ぶことだけではないんです。自分自身の、パートナーの、子どもの心と体を学ぶことです。性について学ぶことで、職場や家族、大切な人との関係性も変わります。

【太田】パートナーとの関係性を対等にしたいと思って関われば、相手の生い立ちにも思いを馳せることができます。一番近いパートナーと対等に理解し合える関係性を築くことができれば、組織や会社でも人との関係性が改善されます。性について学ぶ人がもっと増えるといいと思います。

構成=太田 美由紀

村瀬 幸浩(むらせ・ゆきひろ)
元高校教師、性教育研究者

東京教育大学(現筑波大)卒業後、私立和光高等学校保健体育科教師として25年間勤務。この間総合学習として「人間と性」を担当。1989年同校退職後、25年間一橋大学、津田塾大学等でセクソロジーを講義。従来の性教育にジェンダーの視点から問題提起を行ってきた先駆者。一般社団法人“人間と性”教育研究協議会会員。著書に『恋愛で一番大切な“性”のはなし』、共著に『おうち性教育はじめます』など多数。

太田 啓子(おおた・けいこ)
弁護士

2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった! 超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)。著書に『これからの男の子たちへ』(大月書店)。