性やジェンダーの問題が一番顕著に表れるのが夫婦関係だ。高校や大学で長く性教育に携わってきた村瀬幸浩さんと、離婚や性被害などの民事事件を手がける弁護士太田啓子さんは、世の中の性差別構造が、夫婦関係にもそのまま映し出されていると話す――。
太田啓子さん(左)、村瀬幸浩さん(右)
撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部
太田啓子さん(左)、村瀬幸浩さん(右)

教室は変わってきたが、職場や家庭は…

【村瀬】まだまだ問題はありますが、私が子どもの頃に比べれば、教育現場での男女平等は随分進みました。男子と女子の関係性は、かなり対等になってきていますよね。1993年には中学で、1994年には高校で家庭科の男女共修が始まりました。男子が学校で料理を教わるのはいいことです。私など結婚当初はリンゴの皮すらむけませんでした。

【太田】私は、家庭科が男女別修だった最後の世代です。先日20代の男性に、昔は別修だったという話をしたら驚いていました。小学生の息子たちを見ていると、私の時代と比べて大きく変わったのがわかります。名簿順も男女混合になりましたし、呼び方も男女ともに意識的に「さん」付けする先生にも普通に会います。

抱っこひもで子どもを抱っこしたり、ベビーカーを押して保育園送迎を日常的に担当しているお父さんも増えていると思います。

【村瀬】ただ、会社はなかなか変わりませんね。ジェンダーや性について学ぶことができなかった世代が、若い世代との間に軋轢を生んでいます。世代が変われば世の中は随分よくなっていくでしょう。ただ、上の世代では、「結婚したら男が家を支えるべきだ」とか、「女が子どもを育てるべきだ」という考えの人がまだまだ多い。

【太田】今、女性が職場で性差の壁を特に感じるのは、出産・育児でしょうか。母が手間暇かけることを愛情だと言いたがる社会の風潮もなんとかしたい。「3歳児神話」(3歳までは母親が育てるべきだという考え)も、すでに平成10年(1998年)版「厚生白書」で「少なくとも合理的な根拠は認められない」と明示されているのに、いまだにとらわれている人がいることにも危機感を感じます。

性別の役割分業や性差別については、大人が変わることも必要ですが、子どものころからの教育が大切だと考えて『これからの男の子たちへ』にメッセージを託しました。

【村瀬】拝読しました。これは、ぜひ若者たちにもその親世代にも読んでいただきたい本です。特に親世代にね。かなり力強いムーブメントにならないと変わることは難しいので。

絶望するのではなく「のびしろが大きい」ととらえたい

【太田】男性の育休の取得率に関しても、増えてきたとはいえ2019年度は7.48%です。上の世代の上司が壁になっていると聞きます。育休取得率の低さは男性の権利が侵害されているという問題でもあります。「女性はとれるのに、なぜ男性は育休を取れないんだ!」と男性自身が問題意識を持ち、もっと怒ってもよいのですが……。

【村瀬】北欧では男性の育休取得率が8割近くの国もあります。日本の男性は育休取得中に保証される賃金も世界でトップクラスなのに、取得する人が少ない。制度が整っているのに取得率が低いということは、育休を取りづらい社会の空気があるからでしょう。

【太田】部下が育休を取らないと、その上司の人事査定が下がるなど、トップダウンで牽引していかなければならないのかもしれません。

【村瀬】ただ、国のトップも頭のかたいおじいさんばかりで、男女平等とは程遠い価値観の人たちが居座っています。社会を変えるにはそこが変わらないといけませんね。

【太田】問題がどこにあるかは明確になっていますから、そういう意味では、「なかなか変わらない」と絶望するのではなく、「のびしろ」が大きいのだととらえましょう。若い世代や女性など、より多様な人たちが政治の中枢や組織のトップに入って意思決定に関わるようになれば、大きく変わる可能性があると思います。

太田啓子さん
撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部
太田啓子さん

夫婦で対等な関係を維持する難しさ

【太田】ただ、夫婦の関係性もなかなか変わりませんね。私は離婚事件で妻の代理人になることが多いのですが、世の中のマクロな性差別構造が、ミクロな夫婦関係にスライドしているという印象があります。離婚に至る背景には、夫婦間の「対等ではない」関係性が大きく影響しています。

性的DV(ドメスティック・バイオレンス)も多く、「妊娠したくない」という妻の意思に反して夫が避妊をしないとか、セックスを断ると夫が不機嫌になりモノに当たったり口調が荒くなったりするなどのほか、暴力を振るったりとレイプに近いものもあります。そのような状況に耐えられずに精神疾患を発症した例も少なくありません。

【村瀬】「男らしさ・女らしさ」の呪縛から生まれるもっとも深刻なものは、性別の役割分業と男主導の性行為です。「セックスは、対等な関係にもとづくセクシュアルプレジャー(性的なよろこび)である」という意識がないまま大人になってしまう。日本では大多数の男女がそうだと思います。

【太田】過去に対等だったとしても、お互いに意識し続けないと関係は簡単に崩れます。恋人時代に対等であっても、結婚し、子どもが生まれたりすると変わることがありますよね。夫婦間で収入格差があればなおさらです。経済力は権力に結びつきやすく、「誰のおかげで生活できると思っているんだ」なんて言葉が出てしまう。夫婦で対等な関係性を維持するためには、不断の努力が必要です。

妻をサンドバッグにしてしまう夫

【村瀬】DV加害者のカウンセリングをしている友人に話を聞くと、妻がDVを訴えて2人で話し合っても、夫はその場では「わかった」と言いながら繰り返すケースが多いといいます。また妻が「離婚する」と言っても最初は本気にしない。引越しの準備をしたり、離婚手続きをしたりすると、初めて本気だとわかって危機感を持つといいます。

村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部)
村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマンオンライン編集部)

しかも、「離婚したくない」と言う夫が多いそうです。それは、妻のことを思いやり、関係を修復したいからというわけではなく、自分のアイデンティティを発揮する場がほかになくなってしまうから。妻を怒鳴ったりして支配的になることで、自分の精神のバランスをとっている。

【太田】妻が夫のサンドバッグのようになってしまうんですね。「妻は自分より下だ」と思うことで心の安定を保っている夫に「対等」を求めると、安定を奪われるのではないかと不安になり、ヒステリックになってしまう。

【村瀬】それから妻に対して暴力的になる夫の中には、自分自身が子どもの頃、親から暴力を振るわれていた人も多いそうです。

【太田】その男性自身も大切に扱われてこなかったということですね。自分の被害性から目を背けると、加害性に向き合えない。対等な関係性がどういうものかを知らない人が、対等な関係を自分で実践することは難しいものです。

【村瀬】家庭での両親との関係や、両親の夫婦関係などは、子どもの考え方や価値観に深く浸透していきます。学校で男女平等を教えることも大切ですが、それだけでは難しいというところでしょうね。

ジェンダーバイアスはあちこちに潜んでいる

【太田】私は以前は、パートナーとぶつかるのが苦手で、相手の要求に合わせようとしてばかりで消耗していました。でも、どんなに好きな相手でも、言うべきことは言えるようにしないと。

ぶつかる勇気を持てない女性が多いのは、育ってきた環境も影響しているように思います。例えば、意見をはっきり言う女の子は、「でしゃばり」「生意気」などとネガティブな評価をされやすい。そうした中にジェンダーバイアスが潜んでいるわけですが、そうすると女の子は、我慢して耐えるとかうまくかわす以外の方法を知らずに育ってしまいます。

大ヒットしている『鬼滅の刃』は、息子たちも好きで、私もアニメと漫画は見ました。時々ではあるものの「俺は長男なんだから」「男に生まれたなら、苦しみに耐えろ」などのセリフがそこに出てくる必要はあるのかなと思いました。大正時代の話だとは言っても、今もまだ知らず知らずのうちに「男だから」「女だから」という刷り込みがあることに、作り手はもう少し敏感であってもいいと思います。

【村瀬】性教育というのは、単に月経や射精、生殖について学ぶことだけではないんです。自分自身の、パートナーの、子どもの心と体を学ぶことです。性について学ぶことで、職場や家族、大切な人との関係性も変わります。

【太田】パートナーとの関係性を対等にしたいと思って関われば、相手の生い立ちにも思いを馳せることができます。一番近いパートナーと対等に理解し合える関係性を築くことができれば、組織や会社でも人との関係性が改善されます。性について学ぶ人がもっと増えるといいと思います。