いま私たちが経験しつつある大きな変化は、1つの領域や分野だけの問題ではありません。たとえばAI(人工知能)を考えても、政治、経済、メディア、文化など、あらゆる領域に劇的な変化を及ぼしています。

こうした時代に、個別の分野だけを見ていたのでは変化の核心を捉えることはできません。そこで、さまざまな分野に起きていることをトータルに捉える哲学的な思考が求められているのでしょう。

一方、哲学の側も、21世紀に入って新しい哲学を考える必要性に迫られるようになりました。というのも、20世紀終盤の哲学・思想は、相対主義という考え方が非常に強い影響力を持って展開されたからです。

相対主義にもさまざまなバリエーションがありますが、ざっくり言うと、文化や言語が違えば、物の見方や考え方が違うという考え方のことをいいます。相対主義は、20世紀に隆盛した文化人類学の影響のもと、ヨーロッパ中心的な発想に対する批判や反省から起こった思想です。

絶対的にすぐれた文化や価値観などはなく、それぞれの地域で培われた文化や価値観はそれぞれ尊重すべきだという相対主義は、ダイバーシティの発想にも連なるものであり、評価すべき点も多くあります。しかし20世紀終盤になると、相対主義の考えが強くなりすぎて「好き放題に言ってもよい」という状況に陥ってしまったのです。

そうなると、何がよくて何が悪いのか、何が正しくて何が間違っているのかもぼやけてしまいます。それではまずいということで、21世紀に入って、相対主義を乗り越えるような新しい哲学を展開していく機運が同時多発的に生まれたのです。

たえず前提を疑うのが哲学の王道スタイル

では、そもそも哲学とは何なのでしょうか。

日本では哲学というと、「人生とは何か?」とか「いかに生きるべきか?」といった「人生論」や「人生の指針」をイメージする人が多いのではないでしょうか。ビジネスの世界でも「経営哲学」といえば、どういうポリシーで経営するかという話になる。

哲学=人生論というイメージに、まったく根拠がないわけではありません。実際哲学の始祖とされるソクラテスは、「ただ生きることではなく、よく生きること」を問題としました。また20世紀には、個としての生き方を問う実存主義の哲学が流行。哲学=人生論というイメージは、こういった流れの影響を強く受けているのでしょう。