たびたび繰り返される、感染症についての古い記録

世界史の中で最初に感染症がまん延する記録があらわれたのが、紀元前400年代の古代ギリシャでのこと。都市国家アテナイ(現アテネ)で深刻な感染症が流行し、甚大な被害をもたらした様子が記されています。

その後、ローマ帝国が最も繁栄した西暦100年代、そして、内乱が続く200年代にも、感染症の大きな流行がありました。250~260年代の疫病では、ローマ市で1日に5000人が死んだという記録もあります。

こうした大流行が起こった背景には、やはり都市化とグローバル化がありました。つまり地中海を囲む大帝国ができ、さらにシルクロードを通して、ローマと中国との間で継続的な交易が始まったのがこの時代だったのです。そのような広域の交流によって、未知の感染症がローマ帝国の中心部に入り込み、激しい被害をもたらしたわけです。このときの感染症が何だったのかは、よくわかっていません。

明確にペストの流行と断言できる最初の記録は、500年代の地中海沿岸、具体的にはビザンツ帝国のものです。アフリカ、あるいは中央アジアで発生したペストが大流行しました。

当時、ビザンツ帝国は地中海沿岸から西アジア、さらに中国など東方との交易を拡大していたため、病気が広まる下地は十分にありました。現在の推定で住民の50~60%が感染したとみられています。ちなみに、このときのペストは当時、権勢をふるっていた皇帝にちなんで“ユスティニアヌスのペスト”といわれています。

14世紀に起こったフィレンツェのペスト流行での人々の様子。
14世紀に起こったフィレンツェのペスト流行での人々の様子。(写真=Getty Images)

その後、ペストはヨーロッパでは700年代まで流行を繰り返したあと、いったん沈静化しますが、1300年代には、ヨーロッパの全人口の3分の1以上が死亡するという、歴史上最も有名なペストの流行が再び起こりました。

このときのペストが、どこからやってきたのかは、中国説や中央アジア説などがありますが、いずれにしても、かなりの遠隔地からやってきたようです。前述のとおり、この大流行でヨーロッパの人口の3分の1、最大2分の1にあたる2500万~3000万人が死亡したといわれています。

当時のヨーロッパは、国際商業が繁栄する一方で、人々の栄養状態や衛生状態は低レベル。医学も未発達です。この疫病の原因を“ミアズマ(けがれ)”による神の罰とか、天体の配列の影響で地上の大気が腐敗したせいとか、そういうことを大真面目に言う知識人もいました。その後、ペストはヨーロッパに根づき、10~15年周期でいずれかの地域で流行を繰り返します。