買えないものほど欲しくなる心理

【中野】不安を感じて買い占めに走りやすいのは、人間である以上、ある意味仕方がないところがあるのですが、マーケティングの観点ではどんな説明がつきますか?

【牛窪】消費者心理を分析すると、3つの視点で説明ができるように思います。

1つ目の視点は、冒頭で申し上げた「カリギュラ効果」です。

人がものを欲しがる「ニーズ」の前段階には、そのニーズを生み出す「動機」があります。そして、その「動機」を刺激するのが「動因」です。動因は、「買いたいのに買えない」といった緊張状態によって起こりやすい。「その緊張を和らげたい」という思いが動因となって、「何としてでも早く手に入れて、ラクになりたい」という強い動機を生み出します。

マスクの場合も、「早く手に入れたいのになかなか買えない」という緊張状態が動因となって、さらに一層「手に入れたい」という気持ちが強くなってしまう。
 先ほど中野先生が「夫の浮気を疑う妻」を例に出されましたが、不倫の場合も「会いたいのに会えない」「私のものにしたいのにならない」という緊張状態や葛藤が、強い動因となって動機を刺激し、相手との関係を盛り上げてしまいます。

マーケティングライター牛窪 恵さん

モノに対しても同じで、たくさんあって、いつでも買えることがわかっていると、人は欲しいとは思わなくなります。希少で、なかなか手に入れられないものほど欲しくなってしまうものなのです。

2つ目の視点は、時代による消費者心理の変化です。

バブル期までは、おもな情報源が「マスメディア」しかなく、雑誌やテレビで紹介された高級ブランドを、皆が欲しがりました。消費もまだ未成熟で、欧米由来の大量生産・大量消費がもてはやされ、「頑張って大金を稼ぐことで、オピニオンリーダーが身に付けているブランドを、自分も手に入れたい」と望みました。
 つまり、「お金」という資源を有している消費者が、強者だったのです。

ですがバブルがはじけ、消費者が「高級ブランドより、ノンブランド(無印良品ほか)」を標榜するようになり、いわゆる「自分らしさ」志向や、消費の多様化が進みました。情報源も、90年代半ば以降は、インターネットや個人のSNSへと細分化されていきました。

やがて、企業も「大量生産」ではなく「少量多品種」を製造し始め、さらにそれを「期間限定」「個数限定」で売り切る商法を導入するようになります。

これによって、お金より「情報」を有する消費者が、次第に賢者となりました。特に限定商品は、いつどの列に並ぶべきかという正しい情報がなければ、買えないからです。

今回の新型コロナの問題でも、政府は情報発信があまり上手ではないですよね。現代の消費者が、いかに敏感に情報を収集し、自分だけが「ソン」をしないようにと必死になっているか……。そこをもっと痛感して改めない限り、買い占めは止みにくいと思います。

新型インフルでもマスク不足になっていた

3つ目の視点は、その「ソンしたくない」との思いと、過去の経験です。

今回、影響が大きかったと思われるのが、2009年の新型インフルエンザ流行時の経験です。ある調査を基に調べてみたところ、当時、約4人に1人がマスクの売り切れを経験していました。

マーケティングで有名な、「プロスペクト理論」があります。これは、「人は、何かを得ることで感じる喜びよりも、失うことで感じる痛みの方が2倍以上大きい」というもの。つまり、「トクをしたい」より「ソンしたくない」という損失回避のバイアスの方が、ずっと強く働きます。

新型インフルエンザ流行時に「マスクが買えなかった」という苦い経験を持っていると、その痛みを避けるため、ますます「今回は失敗したくない」という気持ちが働く。お子さんがいる女性の場合は、特に「家族の健康を守らなくては」という使命感から、一層、買い占め行動が強く表れたのではないかと思います。