日本人が不安を感じやすい科学的理由

【中野】不安感を抑える脳内物質に、有名な「セロトニン」があります。セロトニンの動態は少し複雑で、ただ新たに分泌されるだけでなく、分泌されて余ったセロトニンは取り込まれて再利用されます。ところが日本人には、分泌されたセロトニンを再利用しにくい遺伝子を持つ人の割合が97%もいるという、世界でも非常に珍しい特徴があります。再利用の効率が悪いので、セロトニンの働きが悪く、不安を感じやすくなるんですよね。

【牛窪】ほかのアジアの国と比べても、比率が高いのでしょうか?

【中野】東アジアでは似た傾向を持つ人が多いのですが、その中でも日本はひときわその人たちの割合が高いんです。だから日本ではより一層「念のために準備しておこう」と考える人が多いのかもしれません。

不安を取り除くために必要なデータとは

【牛窪】とくに既婚女性は、未だに少なからず「家族(夫)やわが子を、自分が守らなければ」との性別役割分業志向を有しています。とても素晴らしい意識でもあるのですが、同時にだからこそ、「買いそびれたら、どうしよう」と不安も働くのかと……。その不安を取り除くには、意識をどう変えればいいのでしょうか。

脳科学者中野信子さん

【中野】なんとか買い占め状態をなくすには、ということですよね。不安が「念のため」の準備をさせるのに役に立っている部分もあるので、物質からのアプローチでは難しいかもしれません。多くの人は「念のため」と備えるほうが安全だと信じていますし、実際にそういう人たちのほうが生き残っているために、こうした人口比になっているんじゃないでしょうか。そうすると、なかなか買い占めはなくならないように思います。

【牛窪】安心感を与えるためには、情報を提供するだけではダメなのでしょうか? マスコミは一時期、イオンやイトーヨーカドーなどの店頭に、大量のトイレットペーパーが並ぶ様子を報道しました。「こんなにあるので大丈夫です」という視覚的な情報を発信したものの、一部の視聴者からは「わざとらしい」「信用できない」と声があがりましたよね。

【中野】可視化するのは良い方法ですよね。ただ、一元的なデータだと、本当に安心できるのかどうか、とまた気になってしまう人は出てきてしまうんじゃないでしょうか。安心するためには、どんなに疑っても堅牢で崩れることのないデータがどうしても必要と思います。たとえば、在庫がどこにどれだけあって、原料の調達の状況はこうで、生産には何日かかって、流通にはどれくらいかかるか……そうした情報を、すくなくともこうしたパニックが起きかねない局面でだけでも一般人が参照できるといいのになと思います。

安心というところにちょっと戻りますが、夫の浮気を疑う人というのは、「どんなに疑っても大丈夫だ」と思いたいがために、どんどん疑ってしまうんですよね。それと同じ心理と思っていいんじゃないでしょうか。「どんなに疑っても、これほどの在庫があるのだから絶対に大丈夫」という状況を把握できないと、本当に安心はできないのでしょう。例えば、「人口1人あたり何ロール分あって、それは、今仮に原料の供給が止まったとしても数年は持つ計算になるから、買い占める必要はない」などといったような情報でしょうか。