世界の大英帝国のベースを築いたエリザベス1世

エリザベス1世(1533~1603)は、小国イングランドを「世界の大英帝国」にまで発展させた、偉大な女王です。

16世紀、イングランドをわがものにしようと、諸外国が彼女との政略結婚を目論む中、彼女はきっぱり言い放ちました。「私はイングランドと結婚した」。彼女はその後、国内の宗教対立を抑えて国家の分断を防ぎ、さらにはスペインの無敵艦隊を破って、世界の覇権を勝ち取ります。さらにはその後、大胆な商業保護政策を推進するために「東インド会社」を設立し、貿易の発展と植民地の拡大に大きく貢献しました。その後のイギリスの発展は、エリザベス1世のつくった下地なしには語れないのです。

啓蒙活動にも力を注いだエカチェリーナ2世

エカチェリーナ2世(1729~1796)は、ロシア帝国の女帝です。神聖ローマ帝国領邦君主(ドイツ内の地方国家の君主)の娘だった彼女は、ロシア皇太子ピョートル3世と結婚しますが、情緒が未熟で感情の起伏が激しいピョートル3世は、皇帝即位後もロシア正教会や貴族と対立ばかり起こします。王周辺では次第に、知的で教養深く努力家(ロシア語も完全にマスター)の“エカチェリーナ待望論”が出始め、ついに彼女に忠誠を誓う近衛軍のクーデターで、ピョートル3世は幽閉・暗殺され、彼女が即位します。

「私の仕事は専制君主であること。そして神様の仕事は、そんな私を許すこと」。こんな言葉が残っているほど権力志向の強い彼女でしたが、その権力志向は圧政よりもむしろロシアの近代化のためのリーダーシップに向けられました。彼女は西欧諸国の近代化を範とし、絵画・音楽・文学の発展を促しつつ、自由経済の促進や宗教的寛容、教育施設の充実などに力を注ぎました。特に絵画のコレクションは、今日のエルミタージュ美術館の基礎となり、教育では女性のための学校・スモーリヌィ女学院を設立し、社交界にデビューできる貴婦人養成をめざしました。彼女はその働きから“啓蒙専制君主”と呼ばれます。

愛人を多数抱え、彼らに“寵臣ちょうしん”という公的な地位を与えた女帝にも、こんな側面があったのですね。