ダメ押しで「子ども」を再び持ち出す

理由その3では、大人の自分たちの意見だけでは足りぬと焦ってか、ふたたび子どもたちを持ち出してきた。

“(三)家庭の機能として、次代を担う子供たちを育てるというものがあるが、選択的夫婦別姓制度導入論者は、夫婦の都合は述べるが、子供の都合については何も考慮に入れていない。一体感を持つ強い絆のある家庭に、健全な心を持つ子供が育つものであり、家族がバラバラの姓であることは、家族の一体感を失う。子供の心の健全な成長のことを考えたとき、夫婦・家族が一体感を持つ同一の姓であることがいいということは言うまでもない。”
【翻訳】
結婚したら、当然、一片の疑問なく自分たちで子どもを作って育てるのが当たり前で、もう国民の義務って言ってもいいですけれども、夫婦別姓が好きな人たちってそういうの全然考えてなくって、自分たちの都合ばっかりで子どものことホント考えてない。子どもカワイソー。家族の苗字がバラバラだったら、健全な心を持った子どもなんか育つわけないし。やっぱり苗字が同じなのがすなわち一体感。子どものこともっと考えてやってね。ホント子どもカワイソー。

——結婚と出産子育てがほぼ同義になっていて、しかも結婚は異性間の関係であると疑問なく断じているのも、いまの時代にはだいぶおめでたい。そして子どもが可哀想かわいそうだと連呼するわりに、「親の苗字が同じじゃない環境で育つ子どもは健全な心を持たない、まともに育ってない、イレギュラーだ」とばかりのアンバランスな人間観には、失望を通り越してキナ臭い優生思想めいた何かさえ匂う。

10年前のこの請願書から、夫婦別姓と聞いて杉田水脈議員が放った「じゃあ結婚しなくていい」との脊髄反射的なヤジは、果たしてどれだけ進歩しているだろうか。彼女、いや、この「夫婦別姓なら結婚の意味がない」思想を支持する人たちは、つまり自分たちの結婚とは「同姓」であることによって絆を維持しているんですよ、それだけがかすがいで、最後の望みなんですよ、と自分たちの残念な結婚(観)を露呈していることに、気づいているのだろうか。

※編集部注:初出時、請願書について誤解を招く表現があり、文章の一部を修正しました。(2月12日14時40分追記)

写真=iStock.com

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト

1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。