上司から検査を指示されることも

もっとも、製造業の求人自体が減っている状況では、製造業に固執してはいられず、サービス業に就職するしかないが、そこでしばしば軋轢あつれきを生じる。すると、最近はすぐ「発達障害じゃないか」ということで、上司から検査や診察を受けるように指示される。

その背景に、社会における発達障害の認知度が上がった現状があることは否定しがたい。どんな心の病でも、メディアで取り上げられるほど、「自分もそうじゃないか」「あの人もそうじゃないか」と思う人が増え、紹介や診察の件数の増加につながるからだ。

こうした風潮に拍車をかけているのが、就労の現場がどんどん苛酷になってきたことである。正社員の比率が減って、パートやアルバイト、派遣社員や契約社員などの非正規労働者がどんどん増えると同時に、要求されるハードルも高くなった。

余裕のない職場が増え、従業員への要求がハードに

発達障害と診断されるケースが増え、注目を浴びるようになった原因について、岩波明・昭和大学医学部精神医学講座主任教授は、「仕事の現場において、発達障害が問題とされるようになってきたのは、1990年代の後半からである。このことは、長く続いた不況とグローバル化の進展によって、企業経営の厳しさが増し、従業員に対する要求が過大になってきたのが一因であると思われる。つまり、企業経営に余裕がなくなったために、従業員の多少の『ずれ』も重大な問題として認識されるようになったものと考えられる」と述べている(『大人のADHD:もっとも身近な発達障害』)。私も同感である。

極端なこだわりがあっても、空気が読めなくても、同じ失敗を繰り返しても、職場に余裕があった時代は、まだ許容されていた。ところが、その余裕がなくなるにつれて、許容されにくくなった。

また、非正規労働者は、仕事をこなせないと簡単に切られてしまうので、その割合が高くなっていることも、「ずれ」による職場不適応の問題を表面化させる一因だろう。こうした要因が積み重なった結果、発達障害と診断されるケースが増えたのではないか。

発達障害の患者を数多く診察してきた精神科医の杉山登志郎氏は、

「発達凸凹+適応障害=発達障害」

という図式を提示している(『発達障害のいま』)。

これは、持って生まれた凸凹、つまりある種の「ずれ」に、環境とのミスマッチによる適応障害が加わって、本人もしくは周囲が困るようになり、発達障害と認識されるという考え方である。裏返せば、持って生まれた「ずれ」だけで、発達障害を疑われて受診を勧められるほど問題が表面化することはまれということだ。

したがって、発達障害がこれだけ増えた背景に、職場環境が厳しさを増し、高いコミュニケーション能力が要求されるようになった現状があると考えられる。