そこでしか飲めない、お酒を求めて
前回に続き、今回も出張先でのバーの楽しみ方をお届けしたい。
バーというと、どこか別の店で料理とお酒を堪能したあと、一日の締めに訪問する人が多い。が、「まず、バーで飲み物を楽しんでほしい」というのは、数々のコンテストで優勝・入賞し、全国でその名をとどろかせている実力派バーテンダーの中垣繁幸(なががきしげゆき)さんだ。
中垣さんは岐阜市にある創業27年を迎えた老舗バー「BAROSSA cocktailier(バロッサ コクテリエ)」のオーナーバーテンダーでもある。
お酒の楽しみ方は、料理の楽しみ方と同じ。お腹いっぱいだと料理の味を楽しめないように、酔いが回った状態では、バーで提供されるお酒の味を存分に楽しめないからだ。
岐阜での取材を終えた夜、かねてから訪問したいと願っていた「BAROSSA cocktailier」へ初訪問を果たすことに。そこは、一般、同業者を含める全国のバーマニアたちがこぞって訪れる、超有名バーでもある。
ホテルの部屋に荷物を放り込み、徒歩5分ほどの目的地へいそいそと出かける。
「いらっしゃいませ」。ドアを開けると中垣さんがカウンター越しに迎えてくれる。カウンターに座り、訪問の念願がかなった旨を伝え、ひとしきり会話する。
「ここで飲みたいと、全国からたくさんの方が来店してくださるので嬉しいですね」と中垣さん。
今や日本中どこにいても、世界中のお酒が手に入り味わえる。だからこそ、ここ「岐阜」でしか飲めないもの、表現できないものを追求し創造しているのだという。
FARM to GLASS.つくり手の思いを受け止める
メニューにはさまざまなシグネチャーカクテルがあり迷うところだが、この時季しか飲めないカクテルをとオーダーする。
「カモミールのカクテルはいかがでしょう」と中垣さんが提案してくれる。
聞けば、岐阜県大垣市はカモミールの栽培が日本一なのだそう。が、そのほとんどが製薬業社との契約栽培であるため、生のカモミールを手に入れるのは困難だそうだが、中垣さんは生産農家と契約し、株ごとプランターに移して店の外へと運んでいる。カモミールの短い開花期間をできるだけお客に楽しんでもらいたいという思いからだ。
岐阜は、日本のリンゴ栽培の南限、ミカン栽培の北限であり、一年を通してさまざまな旬のフルーツが手に入るのだそう。隠れたフルーツ王国であることも、中垣さんがこの地にこだわる理由だ。
「岐阜だからこそ、FARM to GLASS(ファーム トゥ グラス)が実現できるんです」
採れたて&フレッシュな素材でつくるカクテルは、東京ではなかなかお目にかかれない。
バーでの楽しみ方は、こうしたつくり手の思いを受け止めることにもある。オーダーしたカクテルがどのような素材で、どんな思いをこめられてつくられているのかに思いを巡らせてみると、目の前の1杯のカクテルも、より味わい深くなる。
「どうぞ」と出されたのは、グラス一杯に摘んだばかりのカモミールの花が咲き、思わず「かわいい!」と声が出てしまう、生まれてはじめて目にするカクテルだ。
ひとくち飲むとハーブであるカモミールのさわやかな香りと、コアントローのオレンジの味と甘さが口中に広がり、幸せな気分になる。
フレッシュ・カモミールを使用したカクテルは、4月下旬からほんの数週間あまりの時季に、ここだけで味わえる特別な1杯なのだ。