大好きな部署からの異動にとまどい

ヒット商品の陰には、失敗に終わった商品もあった。あるとき、同じ部署で扱っていた他のブランドが、予算と売り上げが見合わず廃止に。石渡さんはブランドの店じまいを担当し、「立ち上げた人たちの思いや苦労を消さなきゃいけないなんて、とても悲しかった」と振り返る。だからこそ、次に担当したキュキュットには、今度こそという強い思いで取り組んだ。

45歳になったとき、またしても突然の辞令が。異動先は花王の原点とも言える生活者研究センターで、消費者の生活現場を調査・観察し、リアルな思いや苦労を読みとって開発部門に伝える仕事だった。

「生活現場に出かけていって消費者と直接お話をする、消費者相談からさらに一歩踏み込んだ仕事でした。これが本当に楽しくて、やっぱり私は生活者に近い“現場”が大好きなんだなと。管理職として組織運営に悩んだこともありましたが、もう定年までこの部署にいたいと思っていました」

しかし、キャリアのゴールはそこではなかった。部門長に昇格して4年後、今度は花王の企業イメージを発信するコーポレートコミュニケーション部門に異動になる。大好きだった部署を離れて、またもやゼロからの出発に「正直とまどいを隠せなかった」という石渡さん。一時はモチベーションも下がったそうだが、どうやって持ち直したのだろうか。

仲間とメンターに支えられて再び前進

「先輩が『あなたのコミュニケーション力が評価されたんだよ』と言ってくれたんです。言われてみれば確かに、私はずっとコミュニケーションを大事にして働いてきました。これが自分の強みなんだと気づけたのは先輩のおかげ。そこが評価されたのならがんばろう、と自分を納得させることができました」

石渡さんは、意欲を取り戻すには仲間やメンターが不可欠だという。執行役員になった今も、仕事と私生活それぞれの相談相手として2人のメンターを持っている。どちらも、ときには指針として、ときには知恵袋として、物事の本質をズバッと指摘してくれるそうだ。

長い間、自分の仕事に愛情を持って働き続けてきた石渡さん。役員になってからは「好きという気持ちだけではダメ。企業全体を俯瞰する視点も持たなくては」と、偉大な経営者たちの事例を研究し始めた。キャリアのゴールはまだ先。会社と社会の未来をつくっていく仕事に、全力で取り組んでいく。

役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉

やってみよう/ありがとう/なんとかなる/ありのままに
「『幸せのメカニズム』(前野隆司著)に書かれている幸福の4つの因子。大好きな言葉です」

Q 趣味

ショパンのピアノコンサートやCDを聴くこと

Q 愛読書

小林陽太郎「性善説」の経営者』樺島弘文
ピアノの森』一色まこと

Q Favorite Item

名刺入れ
「退職を思いとどまらせてくれた先輩から、執行役員になったお祝いとしていただいたものです」

石渡 明美(いしわた・あけみ)
花王 執行役員 コーポレートコミュニケーション部門統括
北海道大学薬学部卒業。1983年外資系製薬会社に入社。85年花王へ転職。花王生活科学研究所にて消費者相談や消費者交流を、商品開発部にて衣料用洗剤や食器用洗剤を担当。その後、生活者研究センター長、コーポレートコミュニケーション部門部長を経て2015年より現職。花王芸術・科学財団常務理事。

文=辻村洋子 写真=小林久井