外資系製薬会社から花王へ転職して30余年、生活者の目線に立った商品を次々と世に送り出してきた石渡明美さん。しかしその裏には、育休制度がまだない中での子育てや失敗に終わったブランドの幕引きなど苦労話も数知れず。「退職」が頭をよぎったとき、それを思いとどまらせた先輩の一言とは?

役員の打診に思わず「私がですか!?」

消費者相談を10年余り担当したのち商品開発部へ異動し、手がけた食器用洗剤「キュキュット」が大ヒット。これを受けて再び消費者の声をくみとる部署へ戻り、現在は社会全体へ企業メッセージを届けるコーポレートコミュニケーション部門を統括する。広報から企業文化の発信まで幅広く担う、花王2人目の女性執行役員だ。

花王 執行役員 コーポレートコミュニケーション部門統括 石渡明美さん

「ある日社長に呼ばれて、何だろうと思いながら行ったら役員にというお話だったんです。本来ならまず感謝を伝えるべきところを、思わず『私がですか?!』と言っちゃいました(笑)。最初は驚きと不安でいっぱいでしたが、選んでもらえたうれしさが徐々に湧いてきて、役員としての責任を担う覚悟も固まりました」

就任後は企業イメージ醸成プロジェクトを任され、国内外のメンバーとともに「花王らしさって何だろう」と議論を重ねた。その結果、生まれたのが「きれいを、こころに。未来に。」というキーメッセージだ。生活をキレイにするモノづくりを通して皆の心を豊かにし、よりキレイな社会や未来をつくっていく企業──。石渡さんが中心となってまとめあげたこのメッセージは、花王の企業イメージ醸成やESG活動のベースになり、世界中に向けて発信されていく。

LIFE CHART

30代後半、商品開発部でゼロからの出発

石渡さんのキャリアをたどってみると、まさに「花王らしさ」を体現する一人のように思える。入社後に配属されたのは生活科学研究所で、担当は花王が創業時から力を入れてきた消費者相談。問い合わせやクレームに応対する部署、つまり消費者に一番近い現場でコミュニケーション力や商品知識を磨いた。

「当社のビジョンは、消費者・顧客を最もよく知る企業であり続けること。振り返ると、私が携わってきた仕事はほとんどが消費者を知るためのものでした。花王ではこのビジョンがずっと受け継がれてきていて、企業文化にもなっています。外資系から転職したのも、その姿勢や風土に魅力を感じたから。私の肌に合う会社、という思いは今も変わりません」

石渡さんの仕事は消費者相談にとどまらず、やがて行政との意見交換やオピニオンリーダーとの交流にまで広がっていく。しかし、経験値も仕事のレベルも上がってちょうど波に乗ってきた頃、突然商品開発部へ異動になる。これまでとはまったく違う職種で、36歳にしてほぼゼロからの出発。最初は右も左もわからず、不安だけが募ったという。