「キュキュット」ヒットの陰に苦労あり

商品開発部では衣料用洗剤と食器用洗剤を担当し、一つの商品が世に出るまでの苦労を体感した。生活者目線でのアイデア出しには消費者相談の経験が役に立ったが、工程管理やパッケージデザイン、品質管理などは未経験。社内の意見調整も大変で、あちこちの部署を駆け回る日々が続いた。

生活者研究センター長としてインドネシアの家庭を訪問したことも

経験を積むうちに、商品開発の楽しさや発売後の達成感を知り、仕事はどんどん楽しくなっていく。40歳のときにはマネジャーに昇格し、のちに大ヒットする食器用洗剤「キュキュット」の開発に取り組み始めた。ただ、商品は完成したものの、ネーミングの段階で難航。当時一緒に仕事をしていたユニークなマーケターが、キレイになった食器を指でこすったときの音から「キュキュット」を提案したが、擬音を使った商品名は花王初だったため、経営幹部からも反対の声が上がった。

彼とともに一生懸命説得を続けた。「感性だけでモノを言っても納得してもらえないから」と綿密な市場調査を行い、結果をしっかり解析。裏づけとなるデータを提示し続け、ようやく説得に成功した。そして発売後、「キュキュット」は食器用洗剤市場でシェア首位を獲得。

「おかげさまでロングセラーになって、反対していた幹部も『名前がよかったね』と言ってくれました(笑)。ときどきスーパーでキュキュットをカゴに入れている人を見かけますが、そんなときは本当にうれしい。これこそ商品開発の醍醐味です」

意見調整は大変だったが、このときできた社内ネットワークは今も財産になっているという。加えて、キュキュットのヒットは「働くママ」としての自信にもなった。生活者視点でのモノづくりには、働きながら2子を育ててきた自分の経験が役に立つ。しかし、そう思えるようになるまでには、いくつもの壁にぶつかってきた。

退職を思いとどまらせた先輩の言葉

石渡さんが出産した当時、花王にはまだ育休制度がなかった。そのため、第1子のときは早産だった影響で休暇終了後も出社できずに欠勤。育休制度ができたのは第2子出産後、復職してからだった。その後も、子どもがはしかとおたふく風邪に連続でかかり、出社できない日が続いたことがあった。

これ以上休んで職場に迷惑をかけられない、でも病気で泣いている子どもを置いていけない──。仕事か子どもかという二択は、誰にとってもつらいもの。石渡さんも、このとき初めて退職を考えたという。

消費者相談からオピニオンリーダーとの交流へ、仕事の幅が広がっていった

「先輩に相談したら、笑いながら『石渡さんが1週間ぐらい出社できない時期があっても、10年後には誰も覚えていないよ』と言ってくれたんです。そうか、長い目で見たら大変な時期なんてほんの少しなんだ、とストンと腑に落ちました。私は一日一日をこなすのに必死だったけれど、そうした視点を持てば気が楽になるんだな、と教わりました」

退職を思いとどまり、周囲の応援もあって仕事への意欲は徐々に回復。働くママとして苦労した経験は、のちにすべて商品開発の原動力になった。今は初孫も誕生し、公私ともに充実した日々だという。