日ごろから心身の健康に気をつけ、仕事がうまくいっていても、ときには心が折れそうになったり、くじけそうになったりすることがある。演奏家を支援するNOMOSの渋谷ゆう子代表が、傷ついた心を癒やし、弱った心を立て直してくれるクラシック曲を紹介する――。
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まずは、気持ちを落ちつけるために『月光』

誰もが知るクラシック音楽作曲家の一人であるベートーベンは、「優れた人間の大きな特徴は、不幸で苦しい境遇にじっと耐え忍ぶことにある」という言葉を残した。自身も耳が聞こえなくなるという病を背負ってなお、作品を作り続けた不屈の精神を持つからこその言葉だろう。

そんなベートーベン作曲のピアノソナタ第14番の『月光』、とくにその第一楽章を心が折れそうで、苦しいときに聴いてほしい。前奏部分の左手で弾く低音部を和音でつなぎ、右手で弾く部分はゆっくりと流れるように3連符が連なっていく。単調に思えるこの繰り返しが、心にのしかかっている重苦しい何かを探し当てるように浸透してくる。重低音の連なりと、高い周波数成分から構成されたこの楽曲を室内で流し、その優れた空間表現に身を委ねるだけで、音に包まれたリラックス効果が大いに得られるだろう。少し弱った自分を、その空間にただ存在させるだけでいい。

音楽評論家のレルシュターブによって、『月光』という呼称を授けられたこの美しいピアノソナタのメロディラインを頭で追うと、その月の光の世界に自分が引き寄せられるような気分になる。目の前に広がる湖に映る月の光の滲みにはかなさを感じながら、ひととき、現実から引き離される開放感を味わえる。一楽章の心地よさに浸れたら、ぜひそのまま二楽章、三楽章へと続いてほしい。力強くテンポのはやい三楽章が終わるときには、少し気分も落ち着いてくるだろう。

何もかも嫌になったら、『弦楽のためのアダージョ』

やる気が起きない、仕事を放り出したい、家族のそばにいるのもつらい、何もかもが嫌になる――。どんなに優れたビジネスパーソンであっても。そして、よき家庭人であっても。そんな夜には、バーバー作曲『弦楽のためのアダージョ』をかけてみてほしい。この曲は、そんな心境によく合う。聴いているだけで、涙が次から次に流れていくことだろう。恐ろしいほどに美しく、暗く、すすり泣きのような旋律から、慟哭、嗚咽を漏らすような激しい弦楽器のたたみかけるような音、音、音。

生きていくことは、それだけでつらい。普段は、考えることもなく過ぎ去っていく時間さえも、死に向かっているカウントダウンであるかのように思える。心が重く折れそうなときは、死の気配を感じる瞬間でもある。生の対極にある死を、この曲は内包するだけではない。重く暗いだけでは終わらないのだ。暗さとつらさの中に、高潔な生への光を最後に与えてくれる。重々しい響きで進む中で、最後に濁りなき清らかな長三和音をもって、光に導いてくれるように聞こえる。一度底まで沈み込んだら、あとは浮上すればいい。