カネの裁量がない人は「社長」じゃない

事業承継に絶対に必要なもの、それは先代の「去る覚悟」だ。カネとヒトを手放し、覚悟がなければ、いくら事業承継のコンサルタントを入れてもうまくいかない。

カネとヒトを握るというのは、後継者に不可欠だ。何を当たり前のことをと言われるかもしれないが、実際の現場では当たり前ではない。多くの後継者を悩やませるのが、先代がいつまでも会社のカネを握っていることだ。社長という肩書をもらっても「まだ会社のカネを任せるには早い」などと言われたら、単なるお飾りだ。

私が社長の参謀として相談を受けたとき、「費用について、父の了承がいります」と言われると不安になる。先代がカネを握っているのなら、まだましだ。なかには、先代が亡くなった後、その妻がカネを握っていることもある。妻としては「夫の会社を守らなければ」という意識があるのかもしれない。あるいは「会社のカネは私のもの」という意識かもしれない。いずれにしても、カネの裁量のない人は「社長」ではない。経営がわからない人に、カネだけ管理されるというのは、経営者としては非常につらい。

事業承継の本質は、引き際の美学の問題だと思っている。だからこそ経営者を集めた私のセミナーでは「社長の座を渡すときは、印鑑、通帳、小切手帳も渡してください」と伝えている。会社のカネを渡さないまま、後継者を連帯保証人にするようなことは決してあってはならない。

次の問題は、ヒトだ。

カネもヒトも、仕事も捨ててもらうしかない

後継者が指揮を執り始めると、たいてい古参社員から反発される。何かを提案しても「先代のやり方と違う」「業界の慣習に反する」などと言われて、つぶされてしまう。年齢も経験も古参社員のほうが上という場合が多く、後継者は彼らとの軋轢を恐れてしまい、自由に采配を振るうことができなくなる。そんなわけで「島田さん、何とかしてよ」となるが、そんなときには後継者にこう聞いてみる。「その人がいなくなったら、困るのではないですか」と。

先代のために、会社のために、と尽くしてきた古参社員の気持ちを想像してもらいたい。ある日をもって社長が変わり、「ついていきます」となるはずがない。「後継者は大丈夫だろうか」という不安が先立つのは当然だ。そんな気持ちがわからない後継者に、ついていけるはずがない。

弁護士の私も同じで、「あの人がいなくなったら、経営はもっとよくなります」とカンタンに答えてしまう後継者の仕事は受けかねる。「あの人は、よくやってくれている。ただどう関わればいいかわからない」と悩む後継者の仕事は受ける。苦悩を味わってこそ、人間としての器は大きくなる。社長の参謀としても仕事をしてみたいと感じる。

古参社員と後継者の関係を整理するには、「先代の立ち位置」がポイントになる。古参社員は、社長ではなく会長になった先代を見ている。会長になっても経営に積極的に関与していれば、いつまでも自分の上司として後継者を見ることはない。後継者と古参社員のトラブルの原因の多くは、先代があまりにも経営に関与しすぎることにある。

まして、カネをいつまでも会長が握っていると、社長のことを尊重しなくなる。「会長に気にかけてもらえれば、それでいい」という雰囲気になる。先代は、後継者から相談を受けたときのみ、間接的に経営に関与するべきである。「この会社のトップは変わった」という意識を社員に理解してもらうほかない。

ここまでは、先代の覚悟について述べてきたが、後継者は何をすべきか。