母とノーベル賞授賞式に。大きな親孝行を果たす

研究成果が認められて、2004年に京都大学再生医科学研究所の教授に就任したときには、母は「そんな偉い先生ばかりのすごいところに入って、伸弥は大丈夫なのか、やっていけんのとちゃうか」と言って、ずいぶん気にしていました(笑)。そんなふうに40を過ぎた息子の心配をするなんて、母親というのはありがたいものですよね。

さんざん親に心配をかけてきましたが、12年にノーベル賞を受賞し、やっと親孝行ができました。最初、母にノーベル賞の受賞を報告したときはとても驚いていました。スウェーデンでの授賞式に一緒に行ってもらおうと誘ったのですが、「よう行かん」と言うのです。母は60代で仕事を引退してからは、友だちと海外旅行に行くのが好きでよく出かけていましたが、その当時はもう80代。長時間飛行機に乗るのがイヤだったようです。なんとか説得して、いざ行ってみたら1番楽しんでいたのは母でした(笑)。

晩さん会が夜遅くまでありましたが、母は疲れも見せず、目をパッチリ開けて、料理を楽しんでいました。受賞者の家族は、グランドホテルに宿泊するのですが、母の部屋は窓からの眺めがよく、街の風景も、海も見えたので、とても喜んでいて「部屋の窓から見えるストックホルムの光景が忘れられない」と、帰国してからもずいぶん長い間、楽しそうに思い出話をしていました。これが母との最後の海外旅行になりましたが、まだ元気で一緒に行けるときにノーベル賞を受賞できて本当に幸運だったと心から思っています。

私の母の時代は、子育てや家事は女性の仕事で、女性は支える側でしたが、時代は変わってきています。子育ても家事も夫婦で協力してやっていけばいい。アメリカの女性の研究者を多数知っていますが、彼女たちの夫はとても協力的。日本でも女性を支えるパートナーがもっと出てきてほしいなと思いますね。私たちの研究所でも女性研究者が多数活躍していますが、残念なことに女性の教授はたった2人。世界的に見ても極端に少ないのです。ただし、アメリカで起こっていることは、日本でもいずれ必ず起こるはずです。多くの女性研究者の活躍が心から楽しみです。

(左上、右上)CiRA(サイラ)研究棟のオープンラボでの実験の様子。【(C)京都大学iPS細胞研究所】
(左下)ヒトiPS細胞由来ドーパミン産生神経細胞。【(C)京都大学iPS細胞研究所 森実飛鳥】
(右下)ヒトiPS細胞。【(C)京都大学教授 山中伸弥】
山中伸弥(やまなかしんや)
1962年大阪府出身。神戸大学医学部卒業後、大阪市立大学大学院医学研究科修了。米グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授などを経て、現職。
 

構成=モトカワマリコ 撮影=佐伯慎亮