やりたいことを実現するには、周囲の人々を味方につけることが大事です。この連載では、研修・講演依頼があとをたたないスピーチコンサルタントの矢野香さんに、他者に好印象をもってもらうスキル「私プレゼンの技術」について聞いていきます。

異動や転職の季節です。上司が変わる、部下ができる、あるいは全く違う業種の人と付き合うなど、周りで変化があるという方も多いのではないでしょうか。

そうした新しい環境はいわば一種の異文化です。つまり、これまで自分では当たり前と思っていたことが新しい環境では失礼にあたるというような可能性があるということです。たとえば、会議のときにホワイトボードに書いたものをスマートフォンで写真に撮ることは、以前の職場の文化では当たり前でも、新しいところでは失礼なことかもしれない。会議での発言をボイスレコーダーで録音するのも、非常識なことかもしれない。環境が変わったときには、そこは注意しなければならない点です。

相手の基準に合わせるのが正解

そして、新しい環境では自分のやり方を貫くのも大切なことですが、“私プレゼン”では、相手の表現を理解し、相手の基準に合わせることがワンランク上のコミュニケーションだと考えます。

知っておいてほしいのは、マナーには正解、不正解があるけれど、表現には正解、不正解はないということ。正解を決めるのは、目の前の相手です。ですから、相手に合わせるためには、まずは相手をよく観察して、相手の表現の癖を知ることが大切です。

たとえば会議のときに、イライラすると貧乏ゆすりをする、リラックスしたらジャケットを脱ぐ、退屈したら髪の毛をいじる、嬉しいときは拍手をするなど、相手の感情が動いたときにどんなふうに表現するか、それをよく観察してみましょう。相手の癖をチェックしておけば、その場では何がよくて何が悪いかということが見極められます。もし相手がリラックスしてジャケットを脱いだら、自分も相手に合わせて脱ぐのが正解ということです。

非言語表現だけでなく、言語表現でも同様です。目上の人の発言に「なるほど」とうなずいたり、「へぇ」を連発したりというのは、いわゆるマナー違反です。しかし、コミュニケーションにおいては、相手が「なるほど」「へぇ」と言う人なら、それがその人の最上級の表現と考えて、一緒に「なるほど」「へぇ」と言っても全く問題ありません。指標を決めるのは相手だからです。