再び通りを進んでいくと、辺りはいよいよ貧民街の様相を呈してきた。ここが平等をうたう社会主義国だと思うと、何だかだまされているような気さえする。通りに散らかったゴミを避け、流れ出てきた汚水をまたぎ、一本の線路脇まで来ると、彼は線路に沿って建てられたバラック小屋の前で足を止めた。
「僕の家族に紹介するね」
トタン板を組み合わせただけの家に床板はなく、足元には湿った土がむき出しになっていた。彼の母親とお姉さん、それと3歳くらいの姪っ子が、彼と同じ穏やかな笑顔で迎え入れてくれた。入り口付近の椅子に座り、素っ裸の姪っ子と遊びながら、彼が身につけていた昨夜の衣装は、一体全体この家の中の、どこから出てきたのだろうと考えた。そしてこの時点において、私はある事実を認めざるを得なかった。キューバの住環境の優劣は肌の色にほぼ比例している。
政府の許可を取り、外国人相手に民宿を経営している人たちは、たいてい白い肌をしていた。建物のグレードが上がれば肌の色はより明るくなり、その対極にあるアフリカ系の彼の家は、観光客の視界から遠ざけられるかのように街のはずれに立っていた。姪っ子にバイバイして家を出ると、私たちは線路の上を歩き始めた。貧民街を目にしたことはこれまでにも何度もあったし、それ自体に驚いたわけではなかった。ただ、彼や彼の家族に悲愴(ひそう)感のようなものがなく、そのあまりに穏やかで平然とした態度はむしろ私を混乱させた。彼は自分を卑下しないばかりか、暮らしにわずかな不満さえ感じていないかのように見えた。そして夜が来れば再び、彼はステージのセンターに立ち、観衆を熱狂の渦へと巻き込むのである。
目が合うと、彼は屈託のない笑みを浮かべ、民家の庭から伸び出したグアバの木に飛びかかった。もぎとった青い実を手に、得意げな顔をしている。
「はい、プレゼント」
私たちは、盗んだグアバをボリボリかじりながら、またあてもなく歩いた。
撮影=中村安希