失敗の種は成功に潜んでいる
シャープが2008年3月期までの6年間で躍進を遂げた背景には、最新鋭の液晶テレビの存在がありました。高い技術力を応用して作られた液晶テレビ「アクオス」や液晶テレビ用の大型液晶パネルなどが飛ぶように売れ、世界中で大ヒット。それに伴い、シャープは主力の液晶事業に積極的に投資をするようになりました。
2004年1月より世界最大の液晶パネルを生産する「世界一の亀山工場」が稼働し、有価証券報告書によれば2004年3月期末時点で740億円であった亀山工場の帳簿価格は、その4年後の2008年3月期末には3581億円に上りました。
また亀山工場に止まらず液晶ディスプレイの生産を手がける天理工場、福山工場、三重工場、大阪府堺市の液晶新工場などにも多額の投資が行われ、好調のときは毎年のように2000億円を超える投資が液晶関連事業に向けられるようになりました。
ところが先ほど述べた通り、リーマンショックを発端にシャープは国際的な競争力を失い、市場シェアをサムスンなどの競合他社に奪われるようになりました。それにより、増強を行った生産設備の稼働率が想定を大幅に下回る結果となってしまったのです。
売上が下落し始めた2009年3月期には、液晶パネルなどの工場の再編に伴う事業構造改革費用として584億円が計上されました。また、多額の当期純損失を計上した2012年3月期および2013年3月期には、事業改革費用としてそれぞれ1171億円、1433億円が、固定資産の収益性の低下に伴う減損損失としてそれぞれ66億円、473億円が計上されました。さらに、2015年3月期には液晶工場や堺太陽電池工場などの減損損失1040億円、事業構造改革費用212億円が計上されており、2016年3月期にも減損損失247億円と事業構造改革費用381億円が計上されています。
ここまでに挙げた帳簿価格や事業改革費用、減損損失の内容は、有価証券報告書から読み取ることができます。帳簿価格については【設備の状況】の主要な設備の状況、事業改革費用や減損損失の内容については連結損益計算書に関する注記(特別損失で※のあるところ)などを元にしています。
こうして、2008年3月期までに液晶事業に5000億円に上る投資をしたシャープですが、売上不振や損失の垂れ流しなどにより、2009年3月期から2016年3月期にかけては5000億円以上の事業構造改革費用及び減損損失を計上する羽目になったのです。投資の失敗により過去の利益が全て食いつぶされ、ついには債務超過にまで陥ってしまいました。
シャープ凋落の理由は液晶事業が全てではありませんが、大きな要因の一つであることには違いありません。もっと売れると思って生産設備の増強をしたところ、売れなくなって設備が余剰になってしまったわけです。
先を読むことは難しいのですが、好調になるとつい油断しがちです。大きな設備投資は取り返しのつかない事態を招きますので、シャープの失敗事例からは成功時こそ慎重になるべきだという教訓が得られます。今後は鴻海精密工業グループの傘下に入るということで再建に期待したいと思います。
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。
撮影=宇佐見利明