教育こそが抜本的解決への道

難民認定は、国際的な取り決めである1951年制定の「難民条約」を各国が解釈し、それぞれで認定プロセスを持っています。日本ほど時間はかからないまでも、どの国でもある程度の長い時間を要します。本来なら、自分の国から逃れた時点で難民とされるべきだと思うのですが、これが私たちのジレンマですね。

この認定を待つ3~4年の期間に、実は見過ごせない問題があります。その間、子どもたちは教育を受けられないのです。

教育はとても大切です。教育を受ける機会が奪われると、雇用の際に不利が生じたり、貧困や憎しみの連鎖につながったり、さらにそうした人たちの言葉は政治的に効力を発揮しにくいので、社会全体が権力者に従わざるをえないような状況になりかねません。

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キャンプ内に設けられた学校。教室も教師も限られるため、2部制、3部制で運営されている。初等教育までの提供だが、教育機会の空白をつくらないことが、次世代の社会を築くことにつながる。

ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが訴えたように、教育こそが、ペンとノートが、さまざまな暴力に打ち勝つことができるのです。

だからあえて、傲慢な権力者はそういう機会を国民に与えません。また、シリアなど、紛争下の教育も難しくて、校舎があっても先生がいなかったり、教科書がなかったりします。そうなると子どもたちは、ますます教育の機会から遠ざかってしまうのです。

そうした教育の空白を埋めるべく、UNHCRは国連のパートナーたちやNGOの方々と難民キャンプで教育の場を設けようと活動しています。施設に限りがあるので、2部制、3部制で初等教育の授業を行っています。

その現場の話を聞くと、落ち着きがなかったり、物音に過敏に反応したり、つまらないことでいさかいを起こしてしまう子どもたちが多いそうです。紛争の影響による情緒不安定。子どもとして虐殺の現場など、見てはいけないものを見過ぎてしまい、彼らの心は想像を絶するほど深く傷ついていると。また、親が恨み事ばかり言う中で育てば、同じように憎しみの対象をつくってしまうことになります。そういう子どもたちには、教育以前の心のケアから始める必要を感じています。

子どもたちばかりではありません。若い青年たちの将来も心配です。いずれ平和になったら、国再建の中心的な役割を担わなければいけないのですが、教育は寸断されてしまっています。ものすごくみじめな思いで低賃金の仕事に就いたり、中には、生きていくために性的搾取を受けている人も。身も心もボロボロな状況では、一国の再建に注ぐエネルギーなど持てないかもしれません。

先に日本の難民認定には3~4年かかると言いましたが、こと教育においては、日本はしっかりと教育体制をつくっています。難民認定を待っている子どもたちも、住んでいる自治体の学校に行くことができるのです。これは本当にいい制度です。

もしかしたら今、日本がシリア危機に関してできる支援に、「教育」があるかもしれません。例えば、難民の青年たちを留学生として受け入れる。日本の大学で学んでもらい、その人たちが卒業後、日本で就職する、あるいは平和になった母国に帰り、日本との懸け橋になるような仕事に就く、という具合です。現地のコーディネーター、商社の通訳などなど。日本が世界から尊敬され続けるために、日本らしい社会貢献の形があってもいいのではないでしょうか。

※第4回「日本的『調和型』の組織が、人道支援現場で重宝されるワケ【4】」は12/28の配信です。

守屋由紀
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所 広報官。1962年東京都生まれ。父親の仕事の関係で、日本と海外(香港、メキシコ、アメリカ)を行き来しながら育つ。獨協大学法学部卒業後、住友商事に入社。5年後、結婚を機に退職してアンダーソン・毛利法律事務所へ。1996年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に採用され、2007年より現職。

撮影=石井雄司