どうして女という性別に産まれただけで、「妊娠」という役割を引き受けなければならないのか――そう思ったことはないだろうか。妊婦がどれだけ不自由を強いられるのか、出産がどれだけ重労働なのか、妊娠することのない男性にどこまで想像できるだろうか。
もし女性だけでなく、男性も妊娠するならば、その不平等感が拭えるのではないか。『ヒヤマケンタロウの妊娠』(講談社刊)という漫画は、まさにそういった仮定の世界を描いた作品である。女性だけでなく、男性も妊娠する例が確認されてから10年がたったある日、主人公であるヒヤマケンタロウの妊娠が発覚するところから物語は始まる。男性の自然妊娠の確率は、女性の10分の1という設定だ。何を思ってこの作品は描かれたのか、作者の坂井恵理先生に話を聞いた。坂井先生は40歳で出産し、現在2歳の子を持つ母でもある。
妊婦というマイノリティー
――この作品を読んだとき、スカッとしたというか……、なぜ女性だけが妊娠するのだろう、男性も妊娠すればいいのに、というところをよくぞ描いて下さいました、と思いました。
【坂井恵理先生(以下、坂井)】ありがとうございます。私も自分が妊娠するなんて考えていなかったころから、男性も産めたらいいのに、と思っていたんです。女性だけが出産やつわりで苦しむのは嫌で。
――作品を描いたのは妊娠する前でしょうか?
【坂井】構想を練っていたときは妊娠しておらず、子供がいる友人に話を聞いて回っていました。全然ピンとこなくてなかなか筆が進まなかったのですが、そうこうしているうちに偶然、妊娠したんです。自分が妊婦の立場になったら、あっという間にストーリーを作れました。
――作中の設定で、男性の妊娠率を女性の10分の1としたのはなぜでしょう?
【坂井】人口に占める同性愛者の割合が約1割と言われているところから発想しました。同性愛者は世間で受け入れられているように見えても、当事者たちにしてみたらそうではないこともあるのではないでしょうか。『ヒヤマケンタロウの妊娠』で描きたかったことのひとつに、「強者がマイノリティーになる」というものがあります。主人公のヒヤマは、会社では地位があり女性にも不自由しておらず、街で見かける妊婦のことなど気にもしていなかった。それが男性なのに妊娠することで、急にマイノリティーになります。それを象徴するのが1割という数字です。