不正に途中で気づいたとしても、正さない理由

東芝の不適切な会計処理は内部告発によって明るみに出たとされていますが、それ以前にどうして専門家である監査法人が見抜けなかったのでしょうか。会社から虚偽の説明を受けたため不正に気付かなかったという言い分では専門家として通らないはずです。今後は金融庁の検査が改めて入るということで、新日本監査法人には監査基準などに則ってきちんと監査手続を行ったことを立証することが求められています。

ここで、もし新日本監査法人が本当に不正に気付いていなかった場合、プロとして脇が甘かったことを露呈することになります。逆にもし気付いていたのに見逃した場合、刑事責任を問われることとなります。ただ実務上、いったん過去にある会計処理に対して適正である旨の意見表明をしてしまえば、後々それを覆すのが非常に困難という事情があります。例えば過去の決算書に誤りがあったと気付いたときには、会社に決算数値を訂正された上、訂正有価証券報告書を作成させなければなりません。しかし、過去の有価証券報告書に対して既に適正の意見表明をしている場合、それを訂正されるということは自己否定につながり、株主などからの訴訟リスクも高まるため、問題が発覚した後も容認しようとする気持ちが働くことが考えられます。

いずれにせよ金融庁が新日本監査法人に対しておとがめなしということは考えにくいので、何かしらの形で制裁が下るかと思いますが、不正に加担していたなどよっぽどの悪意がない限り業務停止には至らないだろうというのが筆者の予測です。

というのも、新日本監査法人が監査をしている会社は4000社以上もあり、ANAホールディングス、アステラス製薬、清水建設、東京電力、日産自動車、日立製作所、富士通、みずほ銀行、三越伊勢丹ホールディングス、三菱地所といったリーディングカンパニーが数多く名を連ねています。もし新日本監査法人が業務停止命令を受ける事態となれば、その間監査を行うことができないため、こうした企業は新たに監査人を探さなければならず、それに伴い多大な労力やコストがかかります。経済界に与える影響が著しく大きくなりますし、新日本監査法人をたたけば自分たちも困るということで、業務停止の処分は避けてほしいというのがクライアント企業の本音ではないでしょうか。

過去に業界最大手であった中央青山監査法人が業務停止を受け、解散に至った背景には担当社員がカネボウの粉飾を指南していたことがあり、架空売上を計上することで赤字を黒字に見せ、債務超過企業を健全な企業に見せるという極めて悪質な手口が用いられていました。東芝の場合は今のところ監査法人の重過失が認められず、不適切な会計処理は主に売上と費用の認識時のズレが原因で、また債務超過という訳でもないため、そういう意味でも新日本監査法人の責任は中央青山監査法人ほどではないと考えられます。ただ今回の件で大きな失望を招いたことは確かなので、監査の品質を保ち1日も早く業界の信用を取り戻していくことを願います。

秦美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業等、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。