反対派の憤りとは無関係に、子育て世代が困っている

どこまで言っても平行線で、決着なんてつきそうにない。何カ月も揉めてきた問題に、赤の他人が首を突っ込んでも解決しないのは当然だが、角野氏たちの入り組んだ気持ちの奥深さをあらためて認識した。

人がこぶしを振り上げることには、そしてそれを社会的に公言することには相当の重みがある。割って入ってちょっと理を言ったくらいで済むわけはない。こぶしを振り降ろす何らかの受け皿が必要なのだ。人のこじれた気持ちは、ないがしろにできないものなのだと思う。

ただ、開園の延期によって子供を預ける先を失った親たちにとっては、それでは済まないだろう。実際目黒区では、保育施設の定員数は増加傾向にあるものの、待機児童数は4年前の約5倍、294名(2015年6月現在、目黒区役所調べ)にのぼる。都心回帰で若いファミリー層が目黒区に流入してきていることが原因の一つだ。反対する人びとの気持ちとは別に、物理的にも経済的にも困り果てている子育て世帯がいるのだ。そういう親たちの深刻さを前に、角野氏たちは同じことを言い続けるのだろうか、とも思った。

コミュニティの未来。ヒントはここにある

ところで、角野氏、中森さんと話していて興味深かった点がある。お2人は近くに住んでいるものの交流はまったくなく、話をしたのはこの問題が起こってからだそうだ。それだけでなく、反対運動に関わる近所の人びとは、一部では挨拶程度の付き合いはあったがちゃんと話すのは初めてだった。保育園が来る、という事態が起こったことが人びとの気持ちを結びつけ、コミュニティが生まれたのだ。不思議な展開ではないだろうか。

せっかく生まれたこのコミュニティは、拒んでいたはずの異物=保育園を受け入れることで本当に一つになって定着できるのではないだろうか。親たちに送り迎えされる園児たちを温かく見守り、育んでいくことでこの町全体が賑やかで楽しくなれないだろうか。

そんな素敵な可能性を角野氏と中森さんが見いだしてくれることこそ、解決の糸口なのだと思う。……そんなこと、誰が促せるのかはわからないが。

境治(さかい・おさむ)
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボッ ト、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」でメディア論を展開し、メディアコンサル タントとしても活躍中。最近は育児と社会についても書いている。著書にハフィントンポストへの転載が発端となり綴った『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990811607/presidentonline-22/)』(三輪舎刊)がある。