確認すると、制作期間は1カ月設けるのが本来で、2週間というのは仕事に慣れた先輩たちが無理を言ってお願いするケースがほとんどだった。どうしようと思い悩んでいたところに、別の若手のデザイナーから電話があった。「今回のやり方をリーダーが怒るのはもっともだよ。だけど、そもそも、どういうワインにしたいの?」
その問いかけに、とっさに自分の思いが口から出た。
「テーブルに春を呼ぶようなワインです」
それはマスカット・ベリーAというブドウからつくる奇麗なピンク色のブラッシュワインだった。折井さんの返事を聞いて、相手は「あっそうか。うん、わかった。みんなに言っておくね」と電話を切った。
2週間後、大阪からラベルのデザインが納期どおりに届いてびっくりした。それだけでなく、どの作品も「テーブルに春を呼ぶワイン」の雰囲気が見事に表現されていた。
「自分が発した言葉が、他者の力を得て形になる、それが商品開発の醍醐味(だいごみ)だと実感しました。同時に、仕事をすることの責任と厳しさを知りました。相手はプロなのだから、年齢や性別、経験によらず、自分も1人のプロとして対峙(たいじ)できなければいけない、そう痛感したんです。当時、まだ仕事の経験も浅い“女の子”だった自分を、一人前に扱って本気で叱ってくれたそのデザイナーの方に今でも感謝しています」
折井さんが自分の思いを必死に伝えた「テーブルに春を呼ぶワイン」は、デザインの方向性を示しただけでなく、発売後の商品ポスターにも使われるキャッチフレーズとなった。頭の中で漠然としていた商品イメージが明確になった瞬間。この貴重な経験は、その後のヒット商品にもつながっていく。
1983年東京大学文学部卒業後、サントリー入社。酒類製品の開発を多数手がけ、2000年、マーケターとして初めての女性課長に。07年、お客様コミュニケーション部長などを経て、12年よりサントリーホールディングス執行役員。
撮影=貝塚純一