ランチ会で話題になった「小説」
読書会のようなイベントでなくても、会食や集まりの自己紹介で「最近読んでいる本」を紹介する場面は珍しくありません。以前参加した外交関係者や社交界の女性たちとのランチ会でも、それぞれが自分の「サマーリーディング」を紹介する時間がありました。本を紹介するときは必ずしも読み終えている必要はありませんし、知らないタイトルが出てきたときも遠慮する必要はありません。「その本は気になっていたんです。どんな内容ですか?」と聞くだけで、相手は嬉しそうに話し始めることが多いものです。
その日のランチ会で、私が紹介したのは『Memoirs of a Geisha』(邦題『さゆり』)でした。第二次世界大戦前の京都を舞台に、9歳で身売りされた少女が芸者として生き抜く人生を描いた小説です。当時は映画化(※3)の話題もあり、「それ読んだわ」「映画を観に行くつもりよ」といった声が次々に上がりました。
世界が注目する「日本のソフトパワー」
ただ、この本を紹介しながら、私は少し複雑な気持ちにもなりました。テクノロジーや自動車産業で知られる日本よりも、「富士山」「さくら」「芸者」といったイメージが先に思い浮かぶ人が多いことに、どこか違和感を覚えたからです。しかし見方を変えれば、それもまた日本文化への関心の表れともいえます。日本の伝統文化が物語として世界に届いているという意味では、一つのソフトパワー(※4)であるのかもしれません。
外交や社交の場では、こうして自国の文化について語る機会がたくさんあります。どんな本を読み、どんな物語に関心を持っているのか。その話題の中で、それぞれの国や文化への理解が少しずつ深まっていくのです。
※3:2005年に映画化された作品で、ロブ・マーシャル監督がメガホンを取った。出演はチャン・ツィイー、ミシェル・ヨー、渡辺謙など。映像美や衣装の細部にこだわり、日本文化の雰囲気を再現しているといわれる。
※4:軍事力や経済力などの強制力ではなく、文化、価値観、外交関係、教育、メディアなどを通じて他国に影響を与える力を指す。国際社会で信頼や好意を得ることで、自国の政策や目的を自然に支持させる手段として用いられ、外交戦略の重要な要素とされる。