初対面の人との雑談ではどんな話をすればいいのか。在米国日本大使館で大使夫妻の社交活動を支えるビューカー清美さんは「誰でも入りやすく共感しやすい話題から始めるのが鉄則だ。季節の話題やニュースが代表的だが、それ以外にもよく効く“見えないカード”が存在する」という――。(第2回)

※本稿は、ビューカー清美『世界一流の社交術』(アルク)の一部を再編集したものです。

窓辺に座って本を読んでいる女性の手元
写真=iStock.com/ Imgorthand
※写真はイメージです

オバマ大統領の「読書リスト」

日本では「読書の秋」といわれますが、ワシントンDCではむしろ「読書の夏」です。その象徴ともいえるのが、オバマ大統領が発表していた「サマーリーディングリスト(夏の読書リスト)」です。毎年7~8月ごろ、大統領本人のSNSやオバマ財団(※1)のウェブサイトで公開され、10冊から15冊ほどの本が紹介されます。小説やミステリー、歴史書、偉人伝、古典などジャンルは幅広く、それぞれに短い本の感想やコメントも添えられます。

このリストはワシントンDCの知識層の間で大きな話題になり、発表されるとすぐに確認する人も少なくありません。夏のビーチやバーベキュー、ホームパーティーなどで「あの本、読んだ?」という会話が始まるからです。アメリカでは休暇中にビーチへ行くときは、本を持参してゆっくり読むという習慣があります。そうした背景もあって、夏は読書の話題が社交の場でも頻繁に登場します。読んだ本を共有することが、知的な関心を示す一つのきっかけになっているのです。

また、ワシントンDCでは読書会、いわゆるブッククラブ(※2)も人気があります。メンバーが一冊の本を課題図書として決め、事前に読んでから集まり、その感想や疑問をみんなで話し合います。参加者は企業の幹部同士、外交官の配偶者同士、教育関係者などさまざまで、取り上げられる本もリーダーシップ論から古典文学、最新のノンフィクションまで幅広いものです。ワシントンDCの社交界では、政府関係者や議員の配偶者などが集まる女性たちのネットワークもあり、こうした場でも読書の話題がよく共有されます。

※1:バラク・オバマ元大統領とミシェル・オバマ夫人が設立した非営利組織で、次世代リーダーの育成や市民活動の支援、コミュニティ強化を目的に活動している。
※2:読書を通じて交流するグループ活動。参加者が本を選び、感想や意見を共有するだけでなく、コーヒーや軽食を楽しみながら親睦を深める社交の場としても機能する。近年はオンラインでの開催も増え、多様な世代や地域の人々が参加している。

ランチ会で話題になった「小説」

読書会のようなイベントでなくても、会食や集まりの自己紹介で「最近読んでいる本」を紹介する場面は珍しくありません。以前参加した外交関係者や社交界の女性たちとのランチ会でも、それぞれが自分の「サマーリーディング」を紹介する時間がありました。本を紹介するときは必ずしも読み終えている必要はありませんし、知らないタイトルが出てきたときも遠慮する必要はありません。「その本は気になっていたんです。どんな内容ですか?」と聞くだけで、相手は嬉しそうに話し始めることが多いものです。

その日のランチ会で、私が紹介したのは『Memoirs of a Geisha』(邦題『さゆり』)でした。第二次世界大戦前の京都を舞台に、9歳で身売りされた少女が芸者として生き抜く人生を描いた小説です。当時は映画化(※3)の話題もあり、「それ読んだわ」「映画を観に行くつもりよ」といった声が次々に上がりました。

日本の伝統的な着物姿の女性
写真=iStock.com/tawatchaiprakobkit
※写真はイメージです

世界が注目する「日本のソフトパワー」

ただ、この本を紹介しながら、私は少し複雑な気持ちにもなりました。テクノロジーや自動車産業で知られる日本よりも、「富士山」「さくら」「芸者」といったイメージが先に思い浮かぶ人が多いことに、どこか違和感を覚えたからです。しかし見方を変えれば、それもまた日本文化への関心の表れともいえます。日本の伝統文化が物語として世界に届いているという意味では、一つのソフトパワー(※4)であるのかもしれません。

外交や社交の場では、こうして自国の文化について語る機会がたくさんあります。どんな本を読み、どんな物語に関心を持っているのか。その話題の中で、それぞれの国や文化への理解が少しずつ深まっていくのです。

※3:2005年に映画化された作品で、ロブ・マーシャル監督がメガホンを取った。出演はチャン・ツィイー、ミシェル・ヨー、渡辺謙など。映像美や衣装の細部にこだわり、日本文化の雰囲気を再現しているといわれる。
※4:軍事力や経済力などの強制力ではなく、文化、価値観、外交関係、教育、メディアなどを通じて他国に影響を与える力を指す。国際社会で信頼や好意を得ることで、自国の政策や目的を自然に支持させる手段として用いられ、外交戦略の重要な要素とされる。

雑談が苦手な人が「予習」すべきこと

ビジネスや社交の場で雑談が苦手な場合は、ニュースを予習しておくことをお勧めします。

私も日々のヘッドラインは必ず確認し、「これはどうなっているのか」と簡単に目を通すようにしています。対象は国内外の重要ニュースで、政治や経済、災害など社会的影響の大きい情報から確認します。また、私は仕事柄、著名人の訃報も話題として押さえておきます。

ニュースをすべて深く理解する必要はありません。たとえば「最近ニュースで見たのですが、実際はどうなのでしょう?」と軽く尋ねるだけで、相手が専門領域について話す機会を作ることができ、好印象につながります。

実務的には、テレビでCNN(※5)やFOX(※6)などのニュース番組をつけっぱなしにし、ヘッドラインが流れたら内容を確認する習慣を持つと効率的です。さらに、スマートフォンのアラート機能を使えば、緊急ニュースやブレイキングニュースもリアルタイムで把握できます。忙しいときは、移動中にYahoo Newsのトップ記事の見出しをチェックするだけでも十分です。数件程度でも会話に安心して使える話題が準備できます。

こうしてニュースを活用することで、会話の際に適切な話題を持ち込み、準備不足による沈黙や会話の停滞を防ぐことができます。

伝説の外交官の「見えないカード」

雑談には季節の話題やニュース以外にもよく効く「見えないカード」があります。スポーツです。加藤良三 元駐米大使(※7)のエピソードはその代表例です。加藤大使は野球好きで、まるで解説者のように豊富な知識を持っていました。アメリカの政府高官には野球ファンが多く、連邦議会や各省庁では野球チームまで結成されています。加藤大使は対抗試合の機会などを通じて高官たちと交流し、家庭やプライベートの話題を交えながら会話を弾ませました。

ビューカー清美『世界一流の社交術』(アルク)
ビューカー清美『世界一流の社交術』(アルク)

「私はボストン・レッドソックスのファンなんだ」
「息子がリトルリーグで各州を回っているんだ」

こうした日常の会話を通じて、仕事では知り得ない人となりや価値観を理解できるようになります。ブッシュ第41代大統領も、かつてMLB(メジャーリーグベースボール(※8))のテキサス・レンジャーズのオーナーだったことから、野球の話で盛り上がったことはよく知られています。スポーツは単なる娯楽ではなく、公式外交を柔らかくつなぐ橋となります。

加藤大使の場合も、野球を通じて日本人選手や日本企業を話題に挙げ、アメリカ人との共通点を増やすことで、「日本好きを増やす社交戦略」を自然に実践していました。地域や文化への理解を深め、共通の関心を築くこと。それ自体が、外交活動の基盤であり、ソフトパワー外交の一端を担っているのです。

※5:1980年に設立されたアメリカのニュース専門テレビ局で、24時間体制で国際・国内ニュースを報道し、世界中の視聴者に情報を提供する。
※6:アメリカの民放テレビネットワークで、ニュースから娯楽番組まで幅広く放送。政治ニュース番組も多く、保守的視点の報道で知られる。
※7:2001年から2008年まで在アメリカ合衆国特命全権大使を務める。長期にわたり日米関係の強化に尽力し、経済・安全保障分野での協力推進に関与。在任後も講演や執筆を通じて国際関係の理解に貢献している。
※8:アメリカのプロ野球リーグで、ナショナルリーグとアメリカンリーグの2部制で構成される。