練習量自体を左右する「要素」
まず1つ目。練習量それ自体が、遺伝で40〜70%説明されることが分かりました。音楽を何時間練習するかという行動そのものに、強い遺伝の土台があるのです。つまり「練習を続けられるかどうか」さえも、生まれ持った素質の影響を受けているということです。なんとも考えさせられる発見ですね。
2つ目は、もっと決め手になりました。一卵性双生児どうしのくらべ方です。同じ遺伝子を持ち、同じ家庭で育った一卵性双生児のペアの中に、練習量が大きくちがう組がありました。生涯の練習時間の差が最大で2万時間を超える組さえあったのです(一流の音楽家が生涯に積む練習量を上回る差です)。
もし練習が力を伸ばすのなら、同じペアの中で力に差が出るはずです。ところが一卵性双生児どうしでは、練習量の差の大きさは、リズム・メロディー・ピッチを聞き分ける力の差を説明する理由にはなりませんでした。たくさん練習したほうの子が、よく聞き分けられるようになっていたわけではなかったのです。
3つ目。練習量と音楽の力は、ぱっと見には、一方が増えると、もう一方も増えるという結びつきがありました。ところが遺伝の影響を計算で取りのぞいてみると、このつながりはほとんど消えてしまったのです。
ここから見えてくる才能の考え方は、「遺伝か、経験か」のどちらかではありません。「遺伝が、経験の質まで形づくっている」という見方です。素質のある人は練習を続けやすく、続けやすい人はさらに上達しやすい。素質と練習は、ぐるぐると回りながら切り離せないつながりになっているのです。
「向いているな」と感じる場所を探しておく
とはいえ、がっかりすることはありませんよ。モシングらの研究が教えてくれるのは「練習に意味がない」ということではありません。「練習だけで素質を上回るのは難しい」「自分の素質が活きる場所を選んで、そこで練習を積むのがいちばんむだがない」という、地に足のついた手がかりです。
もう少し分かりやすく言いますね。音楽の例で見るかぎり、練習という行いそのものは、素質をひっくり返す魔法ではありません。素質を表に出すための道具として働いているのです。
素質と練習は、トランプの絵札と数字札のようなものです。それぞれ違う役割を持ちながら、同じ手の中にあって、組み合わさってはじめて意味のある手になります。素質だけでは札が伸びず、練習だけでは札が薄い。自分の素質に合った場所で練習を積むことが、いちばん強い手になるのです。
別の言い方をすると、自分が「向いているな」と感じる場所をざっくり探しておくと、そのあとの練習の効きめが何倍にも変わるということでもあります。
素質と関係のない場所で1万時間練習しても、その時間は、素質に合った別の場所での1000時間に届かないかもしれません。だからまず、自分の素質と相性のいい場面を探す。この順番こそが、いちばん理にかなっているのです。
シカゴ大学大学院言語学部博士課程修了、オズグッドホール・ロースクール修士課程修了・博士課程単位取得退学。心理言語学、法言語学、コミュニケーション論を専門とし、学術的な知見を「今日から使える知恵」に翻訳することをライフワークとし、著書は70冊を超える。67万部を突破した『科学的に証明された「すごい習慣」大百科』(SBクリエイティブ)のほか、『科学的に元気になる方法集めました』『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』など、科学の力で日常を変えるシリーズは累計178万部を突破。NHKラジオ「ラジオ深夜便」レギュラー・パーソナリティをはじめ、ラジオ・テレビ・新聞・雑誌・WEBなど多彩なメディアで、専門家としての視点を発信中。
